第一部 「暁の水平線に」 22
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《フィリピン海 ルソン海峡》
8月7日4時15分
榮倉の治療を終えた菜月の表情には疲労が色濃く出ていた。朝早くに起きてからここまで一度も睡眠をとっていないこともあるが糸を張りつめていたこともあって蓄積してきた疲労のせいで体はうまく言うことを聞いてくれない。
「菜月ちゃん。一回寝たら? 一時間とか30分でも寝れば楽になるから。その間はあたしが見ておくからさ」
同じように疲労が見えていた伊織が言う。
「そういう訳にはいかないですよ。少なくともこの海域を抜けるまでは寝られないです」
「まあ、一回目の空襲からもうすぐ3時間だし、第二次攻撃が着てもおかしくはないんだよね。大和くんがあんな状態だし、こんな時に攻撃が来たら本格的に救命ボートに乗る覚悟をした方がいいね」
この艦を指揮できる三池、榮倉の二人は指揮できる状況にない。三池は手を貸してくれた海江田照英の手によって拘束されており彼に指揮を任せるほど菜月たちは愚かではない。そして榮倉は出血によって失われた血を輸血している。意識はないが命に別条がない状態で安定したことは安心材料だ。
一応、桜も操艦のノウハウを持っているようだが自己判断と言う能力に乏しいため彼女に頼むことも不可能だった。
今は母港、宮崎県に向けているが入港時の細かい操艦は菜月たちにはできない。
つまり榮倉が戻ってくるまで菜月たちは不安との勝負を強いられる。
容体が安定したとはいえ血が足りていない状況だったので意識の回復には少し時間がかかる。
榮倉のわき腹に撃ち込まれた銃弾は肝臓ぎりぎりで止まっており数センチ、数ミリでもずれていれば命にかかわっていたかもしれない。
二度と危険な真似をするなと念を込めて弾を摘出した。
以前から医療の勉強をしていたことが役に立って本当に安心した。
正直うまく言ったのは隣で伊織が支えてくれたからという部分も大きい。
それでも自分の処置のせいで化膿しないか、悪化していないかという不安は拭いきれない。
「大和さん……」
「心配なんだね。菜月ちゃんの処置は適切だったと思うけどやっぱあとは大和くんの治癒力次第なとこが大きいしあたしたちにできることは無事を祈るだけ」
「そう、ですね……」
「そんなに気になるならアリスちゃんと一緒に医務室に居ればいいのに。アリスちゃん自分のせいで大和くんがけがする羽目になったってずっと気にしていたし、一人にするのは心配だからさ。それに大和くんも大和くんだよ。あんな無茶してもし死んだらどうしていたんだろうね」
嘆息する。
命あってこその人生だ。
彼はそれを無下にするなんて考えられない。
伊織には理解できない行動だ。
だが菜月はそれでも。
「それが大和さんなんですよ……。たぶん」
同刻
再び目を覚ました時にはこの船に乗って最初に見た天井だった。
体が重いことと鼻につくアルコールの匂いは変わらない。だが腕には輸血パックから血液が送られ、心電図の電極が胸に張られていた。心電図の電力のさらに下には真新しい包帯が巻かれていた。
少しでも力を入れると痛みが走る。
「ああ、撃たれたんだったな……」
記憶が蘇りふと周囲を見回した。
最初のように付き添いが誰もいないということはなかった。
榮倉の横たわっていたベッドの横に銀髪の少女がいた。
漫画で見るような光景だ。榮倉の手を掴んだまま小さな寝息を立てていた。
「悪いな。心配させて」
体を起き上げる。それだけで相当疲れるががたがたと起き上がっているうちに寝ていたアリシアが目を覚ました。最初は状況を把握できていないようだったが次第に理解したようで慌てて取り繕う。
「あのっ! すみません! 寝てしまって……」
「何を気にしているんだよ。俺なんてアリシアの事なんて気にせずに爆睡していたんだから。それであの後どうなったんだ?」
「は、はい……。三池忠久は取り押さえました。他の敵意を持つ乗務員は全て会議室に居ます。聞けることは海江田さんが聴いてくれたみたいです」
「かいえだ?」
「覚えているか分かりませんが機関室に突入してきた方です。彼のおかげで私たちはこうしてゆっくりと治療できました」
「何となく状況は察したよ。それで今は何時か分かるか」
アリシアは懸命に時計を探す。
ポケットを探ったり服の裏を探したりするが時計は見つからない。
あたふたしている彼女にさすがに榮倉は笑みをこぼす。
「慌てなくていいっての。時計なら腕に付けているだろ?」
「あ」
分かりやすく顔を赤くする。
「すみません。忘れていました。えっとちょうど四時二十分です」
「空襲から約3時間か……。のんびりしている暇はないな」
榮倉は鉛のように重い体を動かして立ち上がる。
「ま、まだ安静に……!」
「つってもこの船を操艦できるやつがいないだろ? それに空襲も近々来る。菜月も心配しているだろうからな」
「確かに指揮できるのは榮倉さんだけですが……。ケガが……」
「心配してくれるのは嬉しいけど。ここでジッとしている方が嫌なんだ。分かってくれ」
榮倉はサラサラな銀髪の頭をポンと撫でる。
「わ、わかりました。無理はしないでください……。あの、一つ聞いても良いでしょうか?」
「構わないけど」
アリシアは起き上がろうとしている榮倉を介抱しながら神妙な面持ちで聞く。
「榮倉さんは結局どうしたいのですか? 自分のために人を助けて何を求めているのですか?」
体を置き上げたところで榮倉は苦吟する。
「そうだな……。正直言ってどうしたいのかなんて思いつかない。単純に俺は後悔するような選択をしたくないだけなのかもしれない。この船に戻ったことだってそうだし、アリシアを目の前で失えば一生後悔する。もしかすると俺は正義の味方にでもなりたいのかもしれないな」
「……。正義の味方、ですか」
「ガキみたいだろ? でも、やり方はどうであれ俺はアリシアとこうして話しているだけで結構満足しているんだ」
「そんなことないですよ。とても……カッコイイと思います」
語尾になるにしたがって声が細くなって最後の部分は榮倉に届かなかった。
前髪で表情を隠しながら立ち上がろうとしている榮倉を介抱する。
「さんきゅ」
電極と輸血パックを外すと榮倉は自身の足で艦橋へと上がる。
生きるためにもう一度この船を指揮する。
艦橋へ上がる階段が普段よりきつかった。
それでも前を向いて榮倉は艦橋に戻った。
「や、大和さん! 気づいたんですね!」
「悪いな。心配させて」
「良いんです! 無事なら!」
両目一杯に涙をためて歓喜する。
少し遅れて気づいた伊織は榮倉の様子を見て冷静に告げる。
「でも少し無理しているでしょ? ホントのところ念のために半日は安静にしてもらいたいんだけどね」
「気にかけてくれるのはうれしいが、そんな余裕はないだろ?」
こくりと伊織が頷く。
「桜は?」
「見張り台だよ。そこなら良く見えるってさ」
天井を指さす。
「そうか。今はどこに向かっているんだ?」
「母港です。宮崎県の南部にある日南市の栄松島に向かっています」
「宮崎か……。分かった。そのまま行こう。あと日向灘の様子はどうだ?」
菜月は慌ててタブレットを操作して確認する。
「え、っと……。現在は日向灘を離れて東シナ海を北西に向かっています」
「戦艦との交戦の可能性は低くなったか……」
たとえ不明艦を倒せるほどの船であってもこの船はつまるところ駆逐艦に過ぎない。戦艦クラスの砲撃を受ければ至近弾でも沈没の危険がある。そんな怪物は相手にしたくはない。多少の不安材料は取り除かれたが依然脅威は残っている。
次なる行動に迷い上にいる桜に声をかけようとしたとき桜が飛び降りてきた。
比較的に小柄な体系だが意外と身体能力が高いようだ。
「かんちょう。うげんぜんぽう。てきかんはっけん」
緊張が走る。
桜に言われた方向を見ると朝焼けが上がり始めていた水平線の上に浮かぶ黒い影を目視できた。
目視できるだけに2隻はいる。
空襲の次は艦隊決戦だ。
榮倉はすぐに双眼鏡で詳細を確認する。
「3隻だ。2隻は駆逐艦に見えるな。艦種は分からないがその後ろが空母だろう」
「ちょっとあたしにも見せて」
伊織が榮倉から双眼鏡を受けとり確認する。
「たぶん前方の駆逐艦は陽炎型。この『桜』と同型艦。とはいえこの船は陽炎型をモチーフにしただけだから別物だけど。間違いないね。識別表記は『ノワキ』と『ウラカゼ』かな。どうするの?」
「決まっている。逃げるしかないだろ。機関全速。取り舵いっぱい!」
当然だ。二対一の艦隊決戦なんて勝てるはずがない。
何より級の違う艦同士ならまだしも同型艦の勝負となれば数の勝る方が圧倒的に有利だ。ここではしっぽを巻いて逃げることが最善だ。
「りょうかい」
すぐに艦は転舵を開始した。
榮倉はその間にテーブルにこの海域の地図を広げた。
見えた敵艦艇のいる位置に赤い駒を置く。さらに自分たちのいる場所に黒い駒を置いた。距離は十キロ。正直逃げ切れるか微妙なところだ。奥の三十キロ地点にはさらに赤い駒が置かれた。
空母だ。
互いの位置関係を見た伊織は怪訝な顔をしていた。
「なんでこんなに発見が遅れたんだろ……」
「島だ。相手はその陰から迫ってきたんだ。だから桜も気づかなかった」
「確かにそうかもしれないけど簡単にできることなの?」
「いや。単艦じゃ無理だ。空母の艦載機で監視していたんだろう。朝になって気付いたがあのあたりには雲がかかっている。見えないのも納得だ」
「してやられたって感じですね」
菜月も唇をかむ。
状況が悪い。
「アリシアはここでしばらく浦風のほうを監視してくれ」
「分かりました」
「どうするの?」
逃げることが最善だが距離的にもそれは難しい。今は全速力を出せるから距離を広げられるがじきに空母の艦載機も飛んでくる。そうなれば必然的に回避行動で距離を縮められるのは明白だ。
「迎撃する」
伊織は驚いた。
「無理だよ。あまりにも状況が不利すぎる」
「分かっている。だがこのままじゃ逃げ切れないだろ」
「そうだけで特攻なんていつの時代なの? 仲間がいるならまだしも単艦特攻なんて大和でも無理だよ」
「それでもこのままじゃいずれ沈むんだぞ。それに特攻するつもりはないぞ」
「だからって―――」
お互いに譲らない二人に割り込んだのはここに居る榮倉、伊織、菜月、アリシア、桜のどの声でもなかった。声は艦内の放送マイクから聞こえた。
『だったら二隻なら問題ないでしょ? お嬢さん』
すぐにその声の主が分かった。
「シオリか。なんでここに居るんだ?」
「シオリ?」
『初めまして。と言っても顔は見えないけれど私は伊号潜水艦四〇〇型の一番艦伊400です。分かりやすいようにシオリと名乗っているわ。陽炎型駆逐艦を見分けられたあなたらならどのような船なのかはわかるでしょ? というか榮倉大和。戻ったらすぐに私に連絡よこすように言っておいたはずよね』
「ええ……。あたしは伊桜伊織。あなたは敵なの?」
『違うわ。私はあなたたちを支援する。分かりやすく言えば榮倉大和の指揮下に入るということよ。頭数は多い方がいいのでしょう?』
「……。」
伊織は返す言葉が見つからない。
「俺は問題ないがお前は今どこにいるんだ? この辺りにはいないだろ」
『バタン島の沖合よ。あなたたちはまだルソン海峡のようだけど。サブタン島の間なら奇襲できるわ。どうするかしら?』
「協力は惜しまない。状況も状況だ。さっきも言ったが誘いはもちろん受け入れるよ」
「大和くん!」
伊織が鬼気迫る勢いで詰め寄る。
「分かっている。だが、この状況で俺たちが生き残るには手段を選んでいる余裕なんてないんだ。生きて日本に帰らなきゃなんねえんだよ」
「なんでそこまでして……」
「理由なんて簡単だよ。家族がいるから。友がいるから。帰りを待っている人たちがいる限り俺は日本に戻らなきゃいけない。ただそれだけだよ。君にもいるはずだ。無事に帰ってくることを祈ってくれる人が」
伊織は口をつぐんだ。
誰を思い浮かべたかはわからないが否定するように呟いた。
「いないよ。あたしには」
何か返そうとしたが言葉が見つからない。
誰かを思い浮かべたことは分かったが何があったのか知らない榮倉に返す言葉が見当たらない。
「言い分は分かった。協力させるのは良いけど絶対油断しないことだよ」
『決まったようね。じゃああなたの作戦を聞きましょうか』
そっぽを向き伊織は距離を詰めようとしている駆逐艦に目を向けていた。
「いちおう、映像がないけど口頭で分かるか?」
『ええ。大丈夫よ』
「だったら。シオリにはバタン島の西側で待機。最後の仕上げを頼む」
『それだけでいいのかしら? 浦風と野分はいいの』
「そっちは無視して良い。シオリには空母を仕留める手助けだ。おそらくあの三隻は連携を取っているから駆逐艦が動いた方向についてくるはずだ。シオリには付いてきた空母の母艦を狙うだけだ。あとのことは全部こっちに任せろ」
『ま、任せろって大丈夫なのかしら? あなたが言ったことだけど同型艦同士の戦闘は頭数で決まるはずでしょ』
「俺が大丈夫って言っているんだ。任せろ」
『……。根拠のない自信よね。過信じゃないことを祈るわ。私は海域に向かうから頼むわよ』
ああ、と返事をするとシオリは通信を解除した。
「結局どうするつもりなの?」
「大和さん……」
菜月も不安の色を隠せない。
榮倉は二人に向き直るとテーブルの地図の赤い駒を手に取る。
「正確に位置を地図に置く」
榮倉はメモ用紙にウラカゼとノワキと書くと駒の横に張りわずかに駒を動かす。
わずかに浦風が前方に位置している。艦橋から見える状態にほとんど酷似していた。浦風と野分の距離感はおよそ一キロ。野分が若干後方にいる形だ。
最後方の空母も着々と発艦の準備をしている。
猶予はほとんどなかった。
「それで?」
「浦風に砲撃をする。当たらなくてもいい。バタン島前まで砲撃戦をやる。そこから魚雷攻撃だ。発射するのは半分でいい」
「相手は駆逐艦だよ。当たるの?」
「いや、正直当たる可能性は低い。だが、撃つのはバタン島の沿岸だ。これで浦風の進路は制限される。仮に逆に舵を切ればあの二隻は確実に衝突する。とにかく当たらなくても機関停止まで待ちこめれば上出来だ。そっからは野分との一対一だ」
榮倉は作戦内容を淡々と話す。
聞いていた伊織も反対せずに聞き続けた。
一通り作戦を話し終えるころには10分近くが経過していた。
「これでいいか」
「いいんじゃない? あたしたちは一蓮托生。あなたの判断に従う」
菜月も異論はないと頷く。
見張り台のアリシアも桜も同意する。
「ただひとつ気がかりなのは前部主砲だ。どうやら動かないみたいなんだ。砲撃船になると砲門一基で火力を左右するからできればあった方がいいんだが、使える状態なのか?」
桜は首を横に振る。どうやらどうしても動かせないようだ。
「管制ケーブルが切れているだけなんだよね」
桜に目線を向ける。桜もそうだと肯定した。
「だったらあたしがやるわ。手動でなら制御できるから」
「手動って、大丈夫なのか?」
「大和くんに心配されるほどあたしはか弱くないの。他の管制システムに比べると装填と照準速度は落ちるけどその分精度は上がるはずだよ。手段を選ばないのなら使うしかないんじゃない?」
榮倉は悩んだが彼女の言うとおり手段を選べるほど余裕はない。
危険を伴うのは全員が一緒だ。
やるしかないだろう。
「わかった。そこは君に任せる」
返事を聞くとすぐに伊織は艦橋を降りた。
「下に着いたら艦内放送で知らせるから指示を頼んだよ!」
「了解!」
艦橋に残されたのは菜月、桜、榮倉の三人だけになった。
上にはアリシアもいる。
「大和さん……。ホントにやるんですか?」
「不安なのはわかる。だがこの船の全員を日本に返さなくちゃいけないんだ。俺に家族がいるように全員に大切な人がいる。待っている人たちに悲しい思いはさせたくない。残されたものの悲しみを誰にも味あわせたくないんだ」
言葉の浮かばない菜月は黙り込む。
だが、すぐに状況は動いた。
「榮倉さん! 浦風に動きがありました!」
見張り台にいたアリシアの声で緊張が走る。
すぐに双眼鏡で浦風の位置を確認した。
「くそ。これじゃバタン島に誘導できないぞ……」
数分前までは浦風が前方にいたが急激に減速した浦風が野分と入れ替わった。
直後。野分の主砲が火を噴いた。
「きょうさ」
桜がすぐに外れることを報告する。
「次は当たるぞ! 主砲回頭!! 準備出来次第撃て!」
『今着いたけどどういうこと!』
「分からん! とにかく反撃だ!」
直後砲弾が前方と後方に夾叉した。
『わけわかんないんだけど!』
愚痴を叩きながら伊織は砲塔を操作する。
直後。先に旋回していた後部の二基が火を噴いた。
「大和さん! 第二射来ます!」
双眼鏡で見ていた菜月が慌ただしく報告する。
「ちょくげきだん。とりかじいっぱい」
「頼む!」
駆逐艦が回頭する寸前に前方の主砲が火を噴いた。
被弾を免れた。
「舵戻せ! すぐに撃ち返せ!」
後方の二基、遅れて前方の一基が火を噴く。
『いちいち言わなくても撃つって!』
駆逐艦『桜』の撃った砲弾の初撃はあらぬ方向だったが二発目は野分の艦尾と艦首を捉えた。
だが双方とも有効弾には至らない。ダメージは多少入ったようだが攻撃や航行に影響が出るほどのものではない。反撃の砲撃が放たれる。
「かいひふかのう!」
「くそ! 直撃するぞ!!」
『ふざけないで! 絶対に当てて見せる!』
ガコンという装填音がスピーカー越しに聞こえる。
「やばい! 第一砲塔に当たる! 逃げろおお!! いお―――」
ぱぁんという砲撃音が響いたと思った瞬間。
艦首に被弾した。
弾は貫通こそしなかったが艦に有効なダメージを与えた。
「「伊織さん!!」」
見張り台のアリシアと菜月が同時に悲痛な叫びをあげる。
火災こそ起こっていないが砲弾は直撃した。
最悪の場合はもう手遅れと言うこともある。
その時だった。
伊織の放った砲弾が直撃した。
「ノワキ。ひだん」
桜の報告を聞き終えた数秒後だった。
オレンジの火炎と轟音が野分の方から聞こえた。
「な、なんだ? まさか……。誘爆したのか……?」
野分は艦中央部から炎が上がり黒煙が吐き出されていた。
「そ、それより! 大和さん! 伊織さんが!」
「あ、ああ!」
慌てて艦橋を降りて確認にしようとした。
『だ、大丈夫だよ……』
「伊織さん! ホントですか!」
『うん。何とか……』
艦内に安堵の空気が流れる。
『ただ照準器が破壊されて ほとんど目測で撃たなきゃいけなくなったみたい』
「火は、火は出ていないか?」
『心配される必要はないと言ったでしょ。出ていたならすぐに消火しているって』
「でも伊織さんが無事で何よりです」
「野分はどうやら誘爆したようだ。しばらくは追ってこないだろ」
『そう。だったら良かった』
菜月は心底心配なのか艦橋のガラスに張り付きながら艦首を見ていた。
「ケガとかないですよね?」
『ちょっと打撲があるけどこのくらいなら大丈夫』
「あとで治療するんで待っていてください」
『うん。頼んだよ』
菜月はほっとしたようにもう一隻の駆逐艦浦風に目を向ける。
この時点で最初に立てた作戦は使い物にならない。
すべてを一から考える余裕もない。
空母はほとんど発艦準備を終えていた。
「一気に行く。アリシア。中に戻るんだ。そこは危険だ」
「ど、どうするつもりなのですか?」
『一気に……。ってあなた正気なの!?』
伊織は榮倉の言葉の意図を察したようだ。
『いや、もう何も言わない。ませるよ』
「悪い」
『そう思うなら無事に日本に帰らせて。こんな場所でこの桜を散らせないでよ』
榮倉は微笑した。
そして、鋼の船よりも強く硬い意志を込めて告げる。
「この大和桜、散らせるものなら散らしてみやがれ!」




