表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第三章  哀史の末に
19/92

第一部 「暁の水平線に」 19

    Ⅲ



《フィリピン海 ルソン海峡》


 8月6日22時15分

 駆逐艦『桜』は舵を切ったことによってぎりぎりで座礁を免れた。榮倉が内火艇から甲板に上がったころにはすでに島を抜けてルソン海峡に向かっていた。ここまで運搬してもらったシオリとはすでに別れた。それからは座礁しかけて混乱している船に横付けして甲板に上がるだけの作業だ。

 駆逐艦に戻ってからはほとんどアリシアの誘導に従って裏ルートから機関室に戻ってきた。

 まさかそこに菜月たちが囚われているということは想定できなかった。

 大体の艦内の状況は菜月から説明を受けた。


「やはりあの男が糸を引いていたんだな。あの野郎……」


「それで大和くんはどうするわけなのかな? ここまでの潜水艦の一連の行動は大和くんの仕業だったんでしょ」


「君は?」


「まだ自己紹介をしていなかったね。あたしは伊桜伊織。菜月ちゃんより一つ年上」


 それで、と付け足してアリシアを捕まえる。


「このアリスちゃんよりは三つ年上だね。とはいえ君に比べればまだまだ若いけど。それでこのあとどうするのかとか決めているの?」


「はっきり言ってノープランだ。協力してもらった潜水艦はもう味方じゃないかもしれないし、この状況をくぐり抜けるには無策すぎる」


 両手を広げて首を横に振る。

 菜月に艦内の乗務員全てが拳銃を携帯していることは聞いていた。

 榮倉たちは火力で上回るアサルトライフルを持ってはいるが乗務員をすべて相手にするには荷が重すぎる。

 何より裏切られたとしても人殺しには抵抗がある。


「俺たちはこの船に最初からいる『桜』という子しか頼れる相手はいない」


「桜、ですか……? 確かにいますけど彼女に何か重要な役割があるのですか?」


「シオリ、さっきまで乗っていた潜水艦乗りの話じゃその子なら自らの意志で操艦できるはずだと言っていたんだ。その子の場所に連れて行ってくれないか」


「どういう意味なのかはさっぱり分からないけどその子なら奥で寝てるよ」


 伊織が指で機関室の奥を差す。

 榮倉がそこに向かおうとしたとき先に少女の方が現れた。

 裸足で地面に付きそうなくらいの長い亜麻色の髪を揺らしながら少女は言った。




「あなたがわたしのかんちょうですか?」




 榮倉は肯定した。


「桜、君の力を貸してほしい。気づかれない程度に艦をまっすぐ北上させることはできるか? 一気に方向を変えずに10度でも5度でもいいから北に進路を取ってくれ」


「わかった」


「分かってって大丈夫なんですか?」


「もんだいない。わたしはふね。わたしはかんちょうにしたがう」


 そういうとすぐに進路がわずかに変わった。


「助かった。しばらくそのまま進路を取ってくれ」


「りょうかい」


 桜は頷くと虚空の一点を凝視しながら床に腰を下ろした。


「どうする気なの?」


「この船を目的地には向かわせない。それだけだ」


「そう……」


 伊織は肩をすかせると桜の隣に座って金網に背中を預けた。

 榮倉もしばらくは役目もないのでどこかに座ろうとした時だった。

 桜が立ち上がった。


「どうした!」


「てっきしゅうらい」


「なに!? 敵機だと!」


 あり得ない。


「何かの間違いじゃないの?」


「てっき。まちがいない。たぶんシナノ」


「『信濃』!? 大和くん! もう操艦がバレるバレない問題じゃないよ! すぐに回避するか逃げないと」


「そんなにヤバい奴なのか?」


「少なくともそんじゃそこらの軍艦よりやばいよ!」


 伊織からは焦燥感がにじみ出ていた。

 それはこの場にいる全員に伝わっている。


「わかった。とにかく場所を明確に掴まないことには動きようがない。アリシア。もう一度甲板に出て目で確認したい」


 案内役にアリシアが買って出た。


「私が案内します。菜月さんたちはここで待っていてください」


 アリシアは桜も連れて甲板に出るために動き出す。


「あたしたちは下で待っているから。ただ、状況が変わったらすぐに戻った方がいいよ」


「わかった」


 頷くと榮倉たちはさっき出てきた通路の中に入っていった。

 三人を見送った菜月の目は寂しそうだった。


「どうしたの?」


「大和さん、いつからアリシアちゃんのこと名前で呼ぶようになったんだろ……?」


 伊織は言われてみればといい首をかしげる。


「二人は結構長い時間一緒にいたし信頼関係ができたんじゃない? アリスちゃんも最初より断然心を開いているみたいだったし」


「そう、ですかね」


 しゅん、と主人に怒られた子犬のようなかすれた声で返事をする。


「まあそんな時化た声出してないで! 菜月ちゃんには菜月ちゃんなりの魅力があるんだし! それにまだ菜月ちゃんたちはちゃんと話したこともないでしょ。こっから挽回すればいいじゃない! 恋は諦めたらそこで試合終了ですよ」


「そんな! あたしは恋とかそういった話じゃ――」


「ないの?」


 にぃと笑って見せる。

 小悪魔的な伊織の顔だ。


「そ、そう……ですけど!」


「認めるの早いって。まあどちらにしても試合も始まっていないのに諦めたら不戦敗になっちゃうよ」


「分かっていますよ」


「とはいえ。今は三人に任せるしかないんだけど」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ