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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  停滞・進捗・追憶・減退
14/92

第一部 「暁の水平線に」 14

    Ⅶ


 榮倉とアリシアはパラウィ島に戻るためのボートに乗りパラウィ島北部のドックに入った。そこで二人は絶句した。数時間前までは無骨な鉄の船が浮かんでいたドック内に船の面影は微塵もなく残ったのは榮倉たちだけだ。


「船はどこだ!」


「榮倉さん。あれではないですか……?」


 水平線を見ていたアリシアがもうすでに小さな影になっている船影を指差す。


「……。」


 視力はいい方だがそれでも霞むくらいに遠い場所には確かにそれらしきものはあった。

 ただそれを認めるにはあまりに残酷だ。

 榮倉たちはこのまま縁もゆかりもない異国の島国に置き去りにされてしまった。

 船影が問題の駆逐艦だとしてもすでに距離が遠すぎる。パラウィ島やサンタ・アナ内にある古い木造船や小さなボートでは沖に出ることはできない。そもそもスピードがないため追いつくこともできないだろう。

 焦りの色が濃くなってきた二人の空気を取り払うように日本語の言葉が聞こえてきた。




「あら? あなたたちどうしてまだいるのかしら? 船ならとっくに出ているわよ」




 声の主は昨日であったシオリという少女だった。


「分かっている……」


「……? もしかして」


 シオリは何か気づいたような表情をする。


「置いてかれちゃったのしら」


「……。」


 無言の肯定だった。

 シオリも答えなくとも返答は伝わっただろう。

 クスッと笑う。


「何が面白い。こっちは日本に戻らなきゃいけないんだ」


「あら。ごめんなさい。少し無粋だったわね。日本に戻るのならドックに止めてあった船に戻らなくてはいけない。でもあなたたちには船に戻るために追いつけるような船がない。あなたたちは今強力な船が欲しいんじゃないのかしら?」


 不敵に少女は笑う。

 表情に移る感情を読むことはできない。楽しんでいるようにも見える。


「榮倉さん……」


「ちくしょう」


 吐き捨てるように毒づいた。


「そうだよ。俺たちには船がない。戻るには街にある規模の船じゃ沖で沈んでしまうんだ。最低でもクルーザークラスの船がいる」


 少女はふむ、と頷くと何か納得したように。


「じゃあ最低条件はクリアしているわね。それにしてもあなたは本当に面白い人ね。強がりな人とばかり思っていたけど少し見直したわ」


「君は結局何が言いたいんだ。もう少し主語を交えて話してくれないか」


「悪いわね。私は国語の授業は苦手よ。教師をしてくれるなら理科の実験とか面白いことを話してくれないかしら?」


「……。わかった。みっちりと国語の勉強をするかちゃんと主語を交えて話すか選んでくれ。こっちも君に構っているような暇はない。ここに使える船がないならもう少し大きな街に行くしかないんだ」


 怪訝な目でシオリを見る。

 シオリは少しも主語を交えるつもりはなかった。


「じゃあ決定ね。貸してあげるわ」


「……。もういい。俺たちは隣町に行く――」


 そこで榮倉は言葉を失った。

 一緒にルソン島に戻ろうとしていたアリシアもビデオを一時停止したように固まっていた。あまりにも常識はずれな出来事に身動きが取れない。

 二人の目線の先に会ったのは過去の資料で見たことがないような大型潜水艦。




 伊号潜水艦四〇〇型




 榮倉がその艦をすぐに認識できたのは今後の戦闘のために先日に戦った潜水艦の情報を得るために過去の資料に目を通していたからだ。

 その過去の遺物はシオリの背後に現れ、大量の水を吐き出しながらその一〇〇メートルを超える船体を悠然とした姿で見せつけていた。


「私の船はこれしかないけど、いいかしら?」


 数秒の沈黙。

 背後の潜水艦には『イ400』という文字が表記されていた。


「それにしても400だからシオリ。ちょっと安直すぎるかしら? 榮倉大和。もう少しましな私の名前を考えていてくれないかしら」


 絶句していた榮倉は少し心を落ち着ける。


「……。お前は伊400なのか?」


「ええ」


 あまりにあっさりとした答えだ。

 実感が沸かない。

 だが、彼女の言葉に合わせて後ろの船は姿を現し潜れるはずのない浅瀬から浮上した。パラウィ島近海は水上艦が入港するには十分な深さだが潜水艦が潜航するようなスペースはない。

 その上で榮倉はもう一度聞く。


「敵なのか?」


「今は違うわ」


 きっぱりと否定した。


「私は榮倉大和の船になる。その間はあなたの味方よ。裏切ることはないしあなたの船を攻撃することもない」


「……。本当なのか」


「船に二言はないわ」


 まっすぐな面持ちでシオリ改め伊400は断言する。


「……。榮倉さん……?」


 歯噛みする榮倉を横から見ていたアリシアが不安そうな声をさせる。

 数秒の思考の後に答えは出た。


「面白いじゃないか。潜水艦。君の誘いに乗ってやるよ。すぐに先の船を追うぞ」


「面白い、ねえ。あなたならそう決断してくれると思っていたわ。後ろで黙っている銀髪のあなたはどうするのかしら? 信用できないなら付いてくる必要はないわよ。軍艦に乗る以上は戦う覚悟も必要だけど?」


「覚悟は何年も前からできています。あなたのことはまだ信頼しきれませんが手段を選んでいるほど私は臆病になったつもりはありません」


「そうね。あなたもあなたでとっても面白い考え方をしているのね。だから人間という生き物はこれほど繁栄できるんでしょうね。じゃあ決意は固まったのであれば行きましょうかしら」

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