第一部 「暁の水平線に」 11
Ⅳ
《フィリピン サンタ・アナ パラウィ島》
女性陣三人が恋バナに夢中になっているころ、榮倉大和はそんなことはつゆ知らずに一人、世界で数少ない絶好の隠れスポットを満喫していた。真夏ということもあって両手に虫よけバンドを巻いているが、蚊がいなければ完璧な夜の砂浜はまるで同じ地球とは思えないくらいに煌びやかで見惚れてしまいそうだった。
島にある明かりはビーチとは裏側にあるドックのわずかな光しかないので夜空に浮かぶ光の粒が美しく輝いていた。
どうしてここに来たかといえば単純に気分転換だ。
ここの砂浜は世界でもトップクラスの美しさだと聞いていたこともあり、何より思い出に浸るにはこれほど絶好の場所はなかった。
今よりもずっと若かった時の淡い夏の思い出はここのような美しい砂浜から始まった。ここほどでなくても十分に美しい砂浜に佇む金髪ロングヘアーの少女は榮倉を見つけると微笑んでくれた。
繊細な肌と煌びやかな金髪の少女を一言で表すなら天使といってもよかった。
そんな少女とのたった一週間ちょっとの思い出。
思い出をただ何も考えずに追憶した。
何かを考えだせば今にも感情の制御は崩壊してしまうだろう。
榮倉の思い出のことを知るのは榮倉本人を除けば今はたった一人しかいない。
金髪の少女ではないということだけとは言っておく。
そこまでで榮倉は思い浮かべることをやめた。
これ以上は心が持たない。
「強く在れ」
ぼそりとつぶやく。
星空に語り掛けるようにもう一度。
「妥協なんて許さない。俺には許されない。俺が許さない。大和桜が散るときがくるまで強く在れ」
榮倉はすべての感情を押し殺してジッと夜空を見据えた。
ここから先にあるのは成功か失敗なのか、それとも地獄のような世界なのか、いずれにしてもあの時の悔しさに比べればこの程度は雲泥万里だ。妥協して今の状況に甘んじるつもりは微塵もない。
パン、と頬を叩いて気合を入れなおす。
「よし!」
虫よけバンドの金具が頬骨に当たって少し痛かったが気にせずに立ち上がる。
驚くほどにサラサラの砂浜を歩いてドックに戻ろうとしたとき、波打ち際に言葉に迷うような光景が広がっていた。砂浜が奇麗なこともさることなら透明度の高い海水が押し寄せる波打ち際には潮の泡と一緒に打ち上げられたモノは特殊な光景だった。
「あうぅ……。死にかけましたわ……」
お上品な日本語で打ち上げられたモノはそういった。
まさしく大和撫子というような容姿の漂流者は海水でぬれた黒いショートヘアーと巫女服を魔改造したようなミニスカ巫女服の衣装を絞りながら立ち上がる。
張り付いた巫女服のうえから見える体のラインから見ても若い女性だった。
薄暗い月夜じゃはっきりとは見えないが日本人であることは確実だ。
しばらくこちらに気付いていない様子だったが少女と目が合った。
「あら、地元の人……。にはみえないわね。あなたはどなた? 日本語で大丈夫かしら」
巫女服モドキを絞りながら榮倉の近くまで少女は歩み寄ってきた。
「ああ、日本人だから気にしないでくれ。それで、君は日本語がわかるってことは君も日本人なのか?」
あまりに衝撃的な出来事でも予想以上に冷静な自分に驚く。
「確かに生まれは日本だわ。私はいよ……じゃなかった。そうね……」
少女は少し考えると続ける。
「シオリとでも呼んでくれればいいわ」
「シオリ?」
「まあいいわ。それよりここがどこかわかるかしら? フィリピンだとは思うのだけどずっと海の中にいたから迷ってしまったわ」
海水の浸み込んだブーツで砂浜を歩く。
「フィリピンのパラウィ島だ。とりあえずその濡れた服をどうにかしろ。ここは無人島じゃないし、当てならいくつか紹介するから」
「そうね。とりあえず真水で体を洗いたいわ」
榮倉は警戒しながらも張り付いた服と体のラインに隠し持っている武器がないかをしっかりと見極める。
「だったら付いて来ればシャワーを貸してくれるかもしれないぞ」
「そう。だったら言葉に甘えさせていただくわ」
シオリと名乗った少女は素直に榮倉の後を付いてきた。
単刀直入に言ってかなり怪しい子だ。
寝首をかかれないように背後に気を付けながら榮倉はドックの近くにある小さな宿泊施設に案内した。観光地の一つでもあるため水道ガス電気の生活必需品はしっかりと揃っている。榮倉たちもその宿泊施設にお世話になっている。
店番をしている日本語のわかる地元の人に事情を説明して風呂を貸した。
衣類は洗濯機に入れられて見送った榮倉は宿泊施設の前で少女が戻ってくるのを待っていた。
待っていたのだが……。
「榮倉さん……。この人はいったい誰なのですか?」
バスタオル一枚で出てきたのは艦内で会った銀髪の少女だ。長い銀髪は水でびしょびしょに濡れていて急いで出てきたような感じだ。
傍らにはさっきの少女が洗濯と乾燥を終えた巫女服を着た状態でコーヒー牛乳を飲んでいた。
「シオリらしい」
「あの……」
「待て、言いたいことは分かる。分かるから言わせてくれ。俺はこの子にシャワーを貸しただけで他意はないし、それ以外の目的がその子にあるのならこうやって呑気にコーヒー牛乳なんて飲んでいないだろ」
「言いたいことは分かりますが、ここは異国です。自衛隊ならそういったことは分かっていますよね。とにかくこの人をどうするかは菜月さんを交えて決めるので榮倉さんはしばらく宿屋でジッとしていてください。あと虫よけバンドを一つください。さっきから蚊がうるさいので」
「そんな格好しているからだろ。虫よけバンド新しいやつを貰ってくるから君はもう一度風呂に入りなおしてきたらどうだ? 夏とはいえ冷えるだろ」
アリシアは少し意外そうな顔をした、気がした。
「いえ……。お構いなく。この人は私が入浴から上がるまでここで待ってもらってください。榮倉さんは虫よけバンドを持ってきたら宿屋で明日まで待っていてください。いいですか?」
「ああ。分かったよ」
榮倉は受付で虫よけバンドを受け取るとそれをアリシアに渡してそのまま菜月が用意してくれた部屋に戻った。




