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狙い目
「――なら、教えてあげる」
「どうにも物騒な雰囲気だね……」
「元から物騒な話ではあったの。でも、あなたも十分、物騒みたいだから」
笑い事ではないのに、自然、笑みがこぼれる。
今の僕は、獰猛な顔をしているのだろうか。
彼女の反応からは、今ひとつ分からない。
「率直に言うわ、皇后を狙いなさい」
「……相手は人妻だよ」
「混ぜ返さないで。ニコライ二世は決して愚かじゃない。でも愚かじゃないだけに、かえって面倒でむずかしい」
言葉に詰まる。
決して愚かでない皇帝の、それゆえに辿り行くであろう道。
それこそまさに、僕の学んだ歴史ではあった。
20世紀初頭、帝政ロシアの終焉に至っていく歴史。
「それなら、一貫してる皇后から攻める方がいいはずでしょう」
何が一貫しているのか。
それを問うのは、どうにも憚られた。
「ええっと……いや僕は……」
ようやく、僕は気付く。
皇后を通じての、皇帝一家の無事か。
それとも、ひとまずのロシアの存続か。
いま突きつけられているのは、恐らくそんな選択肢なのだと。
より血を流さずに済むのは、果たしてどちらなのだろう。