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世継ぎ
「……まさか」
「?」
奇妙な予感をかき消すように、僕は言う。
「いや、何でもないよ。ともあれ、“教えて”欲しいな」
「そう、ね……アレクサンドラ皇后のことはどのくらい?」
どうしたものだろう。
去年、僕一人のロシア旅行。
突き詰めて話していないことは、いくらでもあった。
ここは、互いの共通理解から始めるべきだろう。
「――あまり良くはないね」
少し考えてみても、同じ結論にしかならない。
痛ましいことではあるけど、事実だ。
「皇女二人は元気だった。もう少ししたら、3人目が生まれるはず」
子供が世継ぎであればいい。
何も背負っていなければ、僕が言うことはない。
けれども。
「でも皇后は、宮廷にあまり馴染めてなかった。イングランド出身だし、ロシア語も習い始めたばかりだしね。もちろん、夫婦間なら英語で大丈夫なんだろうけど」
ニコライ2世はもちろん英語が使える。
ロシアの君主として、ほとんど当然のことだ。
「じゃあ、言葉だけが問題じゃない、てこと?」
「……うん。日々暮らしてれば、ともあれ言葉は覚えていくからね」
だから、問題はここからだ。