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普段着
「じゃあ……」
改めてコップを握りしめ、中の液体に口づける。
一口、二口、ほど無くの確信。
覚えのある鮮やかなぶどうの匂い、それに甘酸っぱさ。
まぎれもない、僕らの作っている自家製ワインだ。
「――どう?」
半ばワインの残るコップを置き、僕は答える。
「どう、と言われても……」
改めてそう言われるとむずかしい。
いつも通りのおいしさの、ささやかなで実直なワイン。
普段着に理屈を求められても、その、ちょっと困る。
「そうね――なら質問を変えるわ。どちらの方が大事?」
「そりゃあ――」
即座に言いかけて、僕は口をつぐむ。
いま聞かれているのは“どちらが好きか”ではない。
果たして“どちらが大事か”、だ。
その訊ね方で、僕は試されているように思われた。
この後にはたぶん、先ほど言った“教えてあげる”との情報も控えているはず。
ことと場合によっては、その情報提供さえ中止になるかも知れない。
そうと分かると、急に悩ましい。
数瞬、右手を顎に当てて、思案に沈む。
「――こちらの方かな」
言って僕は、片方のコップに手を伸ばす。