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赤い滴
ジョゼファはまず、思い切りよくガラス瓶のワインを開ける。
その仕草に、僕は自分の観察を疑う。
大切なものと見えたのは、何かの間違いだったのだろうか。
確かに、僕は間違っていた。
瞬間、辺りに広がる、赤ブドウの匂い。
鮮やかさと奥深さとが、矛盾せず漂っている。
これは……大切どころか、本当にいいものじゃないだろうか。
僕らがいつも飲む、普段着のワインとは違った良さを感じる。
まだ一口も飲んでいないのに、だ。
この類のワインを、少なくとも僕は飲んだことがない。
緑茶を飲んではいても、玉露をたしなんではいなかったように。
おもむろに、彼女はワインをコップに注ぐ。
ひとつは彼女の分、ひとつは僕の分。
置かれた瓶には、まだ半分ほどワインが残っている。
「飲んで」
促され、僕はコップを手に取る。
なみなみと注がれたせいか、コップから数滴、赤い滴がこぼれていく。
「――いただきます」
思わず、日本語がこぼれる。
こんなことはずいぶんと久しぶりだった。