食物
ほどなく、頼んでいた昼食が来た。
注文通り、僕はトマトと肉の香辛料煮、彼女はプレーンチーズピザだ。
お互い、昼に食べる量はそう多くない。必然、食事の時間そのものは短くなる。
いつも通りに、僕らは静かに、食事に専念する。
僕の頼んだスープはと言うと、辛口のビーフシチューに近いだろうか。
たっぷりのトマトをベースに、玉ネギ、にんにく、そして香辛料。
そこに牛肉を、筋や骨も含め荒くぶつ切りにして煮込んである。
かなりの辛さはあるけど、とても荒々しく、素材そのものが活きる味だ。
スプーン一口ごとに歯応えが違っていて、それが楽しみでもある。
ひとしきり頬張り、食べ終わるとデザートが運ばれてくる。
ワイン、パンと並ぶここの郷土食、ヨーグルトだ。
砂糖もゼラチンも入っていないそれは、控えめな酸味と牛乳由来の甘みが絡まっている。
ジャムはもちろん、パンやシチューともよく合わされている。
どちらかと言えば、生クリームみたいな扱いのものと考えると近いだろうか。
大量に作られる訳ではないから、たぶん菌や作り方が味に反映されるのだろう。
家によって味が微妙に違い、自家製のヨーグルト同士が交換されたりもする。
たとえば発酵を長く取ると酸っぱく、短く取るとまろやかにと言った風に。
僕はと言うと、この食堂とジョゼファのものとがお気に入りだ。
もっとも、正直に言って、僕の故郷でこれに「カスピ海」とつけた人のことはよく分からない。
事実として、グルジアはカスピ海に面してはいないのだから。
海に接しているのはアジャリア地方やアブハジア地方、それも黒海の方だ。
この街、ゴーリーからカスピ海に向かうには、お隣のアゼルバイジャンを通るしかない。
もちろん大コーカサス山脈を抜ける手もあるけれど、好きこのむ人はそういない。
歴史上ヨーロッパとアジアを隔ててきた山脈を、わざわざこえたい人は。
少なくとも、向こう20年ほどはそのはずだ。