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水の滴
「僕は――」
「その気がない、は通らない」
「でも」
「そうじゃない。あなた自身にその気がなくとも、それはあり得ること」
いつの間にか、調子が変わっている。
俗世の者を諭す、予見者のように。
辺境の魔女。
いつしか付いたその呼び名は、決して飾りではない。
何か言わなければ。
そう思ってはいるのに。
現実の僕は押し黙り、ジョゼファの言葉をただ聞いていた。
「確かに、あなたはそうじゃない。でも、そうあり続けるとは限らない。飛び方を見れば鳥は分かる。でも食事時になれば、食欲は湧いてくるもの。そして、食欲は性質を変える」
「……空腹は優れた料理人、なのかな」
つかの間、僕らの間に笑みが戻る。
「甘い嘘より苦い真実、とも言うでしょ」
――ユーリは甘いんだから。
いつか言われたことを、僕は思いだしていた。
あれから数年。
それでもまだ、僕は甘いのだろうか。
僕はまた、もうひとつの諺を思い出していた。
“モスクワは涙を信じない”
その意味?
“泣いても誰も助けやしない”