85/350
御言葉
「ユーリ」
静かに、彼女は言う。
「モスクワは、いえ、ロシアは寒いわ」
……何を当たり前のことを。
言いかけた僕を制し、彼女は続ける。
「ロシアは真冬、海に至るまで凍てつく。ここ、グルジアが暖かで例外なだけ」
「そんなの」
「あなたは本当に、そこに住めるの?」
真冬のロシア。氷点下が当たり前の世界。
ともあれ僕は、僕だけは去年、冬を過ごしたことがあった。
その事実が少しだけ、僕を強気にさせた。
「もちろん、と言っていいと思う」
恐らくは、上手くやって行けるはずだ。
彼女は……ただ穏やかに、首を振る。
「それはあなたただ一人の話ね。私が言ってるのはもっと、ずっと大きなお話のこと」
やや芝居がかった口調は僕の苦手とするところだ。
何年と一緒に暮らしてはいても、未だに慣れることができない。
「……それなら、どう言う意味なのかな」
必然、僕が聞き返すことになる。