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道行き
僕は知っている。
――いや、ロシアに住み目端の利く者たちは、今や誰もが知っている。
動乱の源は、決して国と国だけではないことを。
強大なはずの帝国も、足下から崩れ得ることを。
神が護りたまう皇帝。
民を栄光で、敵を恐怖で支配する皇帝。
かつてそう歌われた時代は、もはや過去の遺物になろうとしていた。
「これからは、君の力が必要なんだ」
一人が力を持ち過ぎ交代の利かない“制度”は、近代国家を背負うにはもろ過ぎる。
けれども。
もしうまく使えたなら、その安定はロシアにとって大きなものになるはずだった。
その為にも、僕だけの力では足りない。
彼女の力が、洞察と人を惹き付けるその力とが必要に思えた。
「僕としてもうれしい。もし僕に付いてきてくれるなら、だけど――」
日本との戦争まで、あと5年。
これはほとんど、ギリギリと言っていい提案だった。
1899年、初夏。
僕はようやく、身の振り方を決めようとしていた。