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願わくば
「いやいや、そう嫌うもんじゃねえだろ。仮にも、お前さんに投資した側だぜ?」
「――恩には着ますが、好きにはなれないですね。それで、今回はこれでいんでしょう?」
とは言うものの。
嫌いではないという程度に、僕は好感を抱いてはいた。
穏当でない組織に属するであろう、知識階級の男。
これもまた、僕の甘さなのかも知れないけれど。
「……まあいいさ、一度言った以上、今回は引き下がる。ただな」
真剣な様子に変わり、男は言う。
「お前さんがどう思ってるのかは知らねえ。だが同情してやるほどの価値は、あの一家には無いぜ」
その言葉に、僕は王妃のことを思いだしていた。
たどたどしいロシア語の、宮廷に打ち解けないでいる王妃。
娘二人を産んだ上でなお、世継ぎたる息子を望まれている女性。
「その点に関しては、意見が異なりますね」
確かに、待ち受ける道はむずかしい。
それでも、決して無理ではないはずだ。
男から返ってきたのは、半ばの薄笑いだった。
「まあいいさ。じゃあ、またな」
「ええ。願わくば、二度とは」