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元の通りに
防寒着の上から、男は僕の左腕にさわる。
手慣れていることはすぐに分かった。
痛くもくすぐったくもない、余計な反応を引き出さない程度の力で、僕の腕の様子を探る。
その手つき目つきは、まちがいなく本職のそれだ。
「――そっちこそ、意外に知識階級じゃないですか」
「おいおい……金貸しか何かとでも思ってたのか?」
「そう言うの、もう少しそれらしい人が言う台詞ですよね」
「ははは、そいつあ違いねえや」
そうこうしている間に、男の“診察”は終わったようだった。
実質1分かかったかどうか。手際の方も良さそうだ。
ふたたび距離を置き、結果を言い始める。
「半ば分かっちゃいたつもりだが……さすがに時間が経ち過ぎてるな。こいつは俺の手に負えねえ。多少はマシになるかも知れねえが、元通りには、な」
「日常生活を送るくらいなら、そう不自由はないですよ」
別に強がりじゃない、単なる事実だ。
余計な施しはいらない。ただそれだけの話。