74/350
エイリアス
「僕の名はユーリ。ユーリ・アリルーエフです。――まず、あなたのお名前は」
不意を突かれたように、男は笑い出す。
「そう言えば、そうだったか」
なぜ忘れていたのだろう、と言わんばかりに。
「いや、すまねえな。ミハイル、ミハイル・シチェドリンだよ、兄弟」
短いその呼びかけが、そう悪くはない気がした。
少なくとも、同志との言葉よりは。
「もっとも、こいつを本名と勘違いしてもらっちゃ困るがね」
「――でしょうね」
風刺作家からの借用とはすぐ分かった。
“私の名はドストエフスキーです”
“アントン・チェーホフと申します”
たとえばこう名乗られても、本名とは断じがたい。
いや、チェーホフの活躍は、もう少し先のことだっただろうか。
「もっとも、僕としてはそれで構いませんが」
「言うねえ。じゃあ次だ。まさか、お名前紹介で終わる気でもないだろ?」
「ええ」
とは言うものの、限りなく答える訳でもないだろう。
今はただ、男、ミハイルの興が乗っているだけだ。
主導権はあくまで、向こうのものでしかない。