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先行投資
平たいガラス瓶から、男はウォトカを呑み下す。
一口、二口。蓋を閉めコート袖で口を拭い、懐にしまう。
ごく控え目に言って、相当飲み慣れているように見えた。
「そう嫌うなよ同志、悲しいじゃないか」
馴れ馴れしい口調に、僕は拒絶の意を述べる。
「そう同志同志と繰り返さないで下さい。僕はあなたのお仲間じゃない」
少なくともこの今は。
男の目が、少しだけ細まる。
「――おい、若造」
剣呑な響き。
「お前は貸し付けを受けたんだ、その言い方は筋が通らねえだろ。投資、投資だよ。俺らはな、何も失敗した奴らからまでは取り立てねえ。だがお前さんはたっぷり儲けたんだ、なら利子をつけて返すのが当然ってもんだろうが」
数十人の救命を、単に投資の儲けと言い切る。
もちろん、理屈ではそうなのだろう。
でもそう平然と言い切る男を、僕は好きになれない。
知らず、にぎりしめた右手に力がこもる。
村で唯一の爪痕を負った、僕の左腕。
動きのにぶい左腕が、今さらのように恨めしい。