69/350
取り立て
「……お久しぶりですね」
言いながら、僕は男の姿を見る。
真冬のロシア、コートにニット帽の合間から、無精髭の中年顔がのぞける。
ファスナーの普及はまだだったなと、益もないことを思い浮かべる。
もっとも、肌身に金属製品をつけていては、手ひどい凍傷は避けがたいのだけど。
ともあれ、忘れるはずもない顔だった。
ジョゼファたちの為の天然痘ワクチンを渡し、少なくとも金銭の類はとらなかった男。
それがなぜ、今になって。
「貸しをな、ちょっと取り立てようと思いたってな」
かつて遭ったときの様相とは違う。
相手が自分の手の内にあることを確信した、獰猛な笑み。
あの時はやはり、本性を隠していたのだろう。
「いくらです」
考えるより先に、僕は答えていた。
金ならまた稼げばいい。
でも、命の方はそうもいかない。
これから先、起こるかも知れないことを避けるためにも。
決して、ここで倒れる訳にはいかない。
少しだけ遅れて、そんな感情が湧いて来る。
これはたぶん、感じた危険への裏返しだ。
けれど。
「あまり残念がらせないでくれや」