ロシア語
アレクサンドラ皇后のロシア語はたどたどしかった。
欧州に生まれ祖母ヴィクトリア女王に育てられた女性にとって、それは無理のないことだ。
婚約しロシアに来て、まだ4年の月日しか過ぎてはいないのだから。
「――ロシア語にはいつか慣れる」
必要に迫られたなら。
かすかに母語なまりを残しつつ、いつかは覚えていく。
それが、実用道具としての言葉というものだ。
僕自身の使う言葉もまた、日々少しずつ変化しているはずだ。
けれども。
「でも、それだけなのかな」
あの孤立は果たして、言葉だけの問題だったのだろうか。
きらびやかな、光で統一された舞踏会。
あの場に新興の、似つかわしくない者が見当たらなかったのも気にかかる。
それは閉塞と、外に目をふさいでいる事実の裏返しではなかったか。
そこまで考え、僕は思い至る。
この先、皇后が宮廷にとけ込めたとして。
それは本当に、皇后にとって望ましいことなのだろうか。
どうにも、よくないことが起こりそうな気がしてならない。
一瞬だけそう思い、僕のいた世界での“この後”を思い出す。
ことあるごとに、赤に染まっていくロシアを。




