定型文
「無論、備えはします。しますが……」
本当に何もないのかとの視線に、僕は嘘でない答えを言う。
「自分からはこれ以上ありません、後はジョゼファ様にお願いできますか」
これまでのやり取りで、氏はある程度まで気付いたはずだ。
誰とも知れない者が、辺境の魔術に手を貸していることを。
であればこそ。
「……いえ。貴殿のご意見、たいへん参考になりました」
彼女と交渉したところで結果は分からない。
こちらが金銭的な条件を一切口にしなかった以上、報酬面での話もむずかしい。
なれば、これ以上の話をこぼす前に、この場を切り上げるだろう。
追い打ちをかけるように、彼女は言う。
「遠路はるばる、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
儀礼でしかない、定型そのものの言葉を。
「――ありがとうございました。折を見て、我が主に伝えることとします」
その言葉と共に、報酬の入った財布を僕は受け取る。
硬貨が主なのもあってか、予想よりもだいぶ重い。
口が固くなければ、王家の医師は務まらない。
そしてときには、相手の口を固くするのも仕事の内だろう。
今回のこれはだから、思いも寄らぬ事故のようなものだ。
僕たちは何も話さなかった。
氏もまた何も聞かなかった。
ただそれだけのことだった。




