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でも、と僕は思う。
いったい誰が、この事実たちを言うことができるのだろうか。
目の前の人間から既に、苦しい心中を垣間見てしまった後に。
その上でなお、あくまで突き放したまま、事実を話すことができるだろうか。
――それは遺伝子の病気です。遺伝子とはまだ発見されていない概念です。
――対処法は輸血しかありません。輸血とはまだ危険な賭けに等しい行為です。
――つまるところ、現状は祈る以外にどうしようもありません。祈りましょう。
……できない、そう僕は思う。
目の前の他人を突き落とすような真似は、僕にはどうしてもできなかった。
たとえそれが、事実そのままを告げるだけだとしても。
苦い自覚と共に、一度僕は結論づける。
ジョゼファの言う通り、恐らく僕は“甘い”のだろう。
それでは、一体どうすればいいというのか。
関わりたくないなら、当たり障りのない言葉でいい。
介入するつもりなら、抽象的で秘教的な言葉でいい。
しかし下手な慰めは、エフゲニー氏の求めではないはずだ。
いったいどうしたことだろう。
何とか僕が返したのは、ひどく中途半端な言葉たちだった。