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名乗り
「ジョゼファ様、お客様がいらっしゃいました……ええっと」
そこでようやく僕は、先方の名前を訊ね損ねていたことに気付く。
と言うより、僕の名を名乗ってもいなかったはずだ。
思いもよらぬ失点に、僕はうろたえる。
つくづく、物思いには浸るものじゃない。
「――ジョゼファと申します。こちらはユーリ、以後お見知り置きを」
事情を察してか、ほどなく彼女から助け船が出た。
「あなたのお名前をお聞かせ願えますか」
相変わらずとしか言いようがない察しのよさだ。
……いや、今は感心するのをやめておこう。
すぐ気が散るのは僕の悪い癖だ。
「エフゲニーです。どうぞ、よろしくお願いします」
言って客人は二度、頭を下げた。
一度は彼女に、一度は僕に。
――僕の非礼を一切咎めるでもなく。
この仕草に、僕は少し認識を改めた。
用件が何かまではもちろんまだ分からない。
けれども、僕が腹芸を挑むのはむずかしそうな相手だと。
ここはおとなしく、彼女に任せた方がよさそうだ。