機械
1億人に及ぶ死者。
史上初の生物兵器として、アメリカ先住民に用いられた病。
多くの犠牲者を生み、必然歴史を生み続けてきた流行り病。
予防接種普及により、1980年以降の患者が途絶えた病。
僕が知る天然痘は、ざっとこんなところだった。
歴史的事実として、ジョゼファ・鉄の女には後遺症があったと言う。
特に両の頬の大部分に、天然痘の痘痕が。
どういうことだろう。僕は考える。
彼女の名前と血塗られた魔女の本名。その一致は単なる偶然だろうか。
それとも、どこかに僕の記憶違いがあるのだろうか。
思わず、胸ポケットの小型機械に手が伸びる。
「……あ、そうか」
試すまでもないように思いつつ、一応電源を入れる。
画面右上の電波状況を見ても、通信が届く様子はない。
それはそうだろう。ラジオもTVも、これから数十年後のはずだ。
インターネットの普及には100年近くを待つことになる。
偏屈な発明家が最初の小型機械を発表するのは、正確に113年後だ。
いやそもそも、コンピュータの発明はいつだったろう。
電子制御のものができるまで、ざっと半世紀といったところか。
1894年。その遠さに、あらためて僕はめまいを感じる。
……そこで僕はようやく、目の前の相手の不審そうな視線に気付いた。
謎の金属の塊をさわり、ぶつくさつぶやく青年。
客観的に見て、怪しい以外の何物でもないだろう。
少なくとも、100年ほど後までは。
「何をやってるの?」
「……申し訳ない」
果たして、どう言い訳したものだろう。