来訪者
「お待たせしました」
ぎこちない左腕で、僕はテントの方を示す。
奇跡を待ち望む客人は、あと一人を残すだけだった。
――ひとまず、今日のところは。
後遺症を負って以来、僕はできるだけ、人前で左腕を動かすようにしている。
単に流行り病の跡を隠したいなら、不自由のない右腕を使えばいい。
けれども動きの鈍くなった左腕は、代わりに鋭く、見る者のことを教えてくれる。
「初めまして。どうぞよろしくお願いします」
派手過ぎない服装と丁寧な口調、明らかに誰かの使いの者と知れる。
こういうときはたいてい、面倒ごとしかやって来ない。
何回目かで学んで以来、僕は曖昧に断るようにしている。
「我が主の代わりにて、失礼いたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その場で彼を弾かなかったのは、端々から強く敬意を感じたからだ。
何に? 恐らくは仕える主への。
そしてもちろん当地の魔女、すなわち彼女ジョゼファへの。
先々代皇帝、アレクサンドル2世の農奴解放から36年。
没落したポーランド貴族に暗殺されてからは、まだ16年しか経ってはいない。
身分と格差が色濃く残るなか、貴族ならぬ僕らへの確かな敬意。
控え目に言ってこれは、かなり珍しいことだった。