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群行
流行り病の犠牲者は、若い世代ではただ一人で済んだ。
予防に手を貸した僕としては、完璧ではないながらも満足のいく成果だった。
ただ一人、それも生きていける位の症状で済んだのだから。
致死率40%の流行り病と考えると、上々では控えめ過ぎる表現だろう。
もちろん、彼女が天然痘にかかることも無かった。
両の頬も今まで通り、痣や痘痕も生まれなかった。
僕の知る歴史とでは、こうして大きく食い違ったのだ。
少なくとも、伝承通りの赤き魔女・鉄の女はもう生まれないはずだ。
けれども、彼女にとっては違うようだった。
違うというのはつまり、予防の成果についてだ。
彼女の方は成果に不満が、もっと言えば後悔があるようだった。
予防からただ一人、こぼれ落ちた者。
“犠牲者”の名前はユーリ・アリルーエワ――つまり、この僕だった。
両頬に残る痘痕と、少しだけ動かしづらくなった左腕。
僕としてみれば、最悪だけは避けられたことに安堵してはいたのだけど。