長いお別れ
――今からでも、決して遅くは。
そんな言葉を辛うじて飲み込む。
気休めにしか過ぎない言葉。
互いに察しつつ交わす気休めほど、残酷なことはない。
少なくとも、僕はそう思う。
「……いっそ、カネの問題なら良かったのですが」
無論、目の前の金額ではない。
諸々、それ以外の話だ。
「カネの問題なら、決着がつかなくもなかったはずです」
分かってはいる。
分かってはいるのだ。
もはや、そこにとどまる問題でないことは。
「――カネの問題だよ」
ぽつり、老宰相はこぼす。
「徹頭徹尾、カネの問題だったはずだ。他を混ぜるから、おかしなことになった。しかし――」
「カネの問題と、そう明言した時点で、もっと高くつく」
「――然り」
その口調は、苦い。
「所詮はカネの話だ。払うなり交渉なりで済む――明確に、そう示したとしよう。相手はカネの問題じゃない、とこう来る。至極当たり前のことだ。誰にだって、自尊の心はあるのだから」
――むろん、ロシアの民にも。
心なしか、そう省略された気がした。
言わずとも伝わる、そんな意志の下に。
「――そして世には、最初からカネなど目にかけない者もいる」
――君や彼女のように。
省略。今度は、気のせいではない。
真っ直ぐな視線が、それを証している。
かすかな、けれども確かに生まれる、どこかしらの居心地悪さ。
落ち着きを失った者は、あわてて塹壕から飛び出すことになる。
歴戦の者だけが持つ、射すくめる視線。
「人の世の理を頓着しない、ほとんど自然の現象に近い存在。何かがカネの問題でなくなった時、収めに回れるのは得てしてこういう者だ」
「……忠告ですか、それとも」
「好きにとって貰って構わない」
いったい僕は、何と言えばいいのだろう。
焦りにも似たものが、心に積もっていく。
「――長くなったな。少し疲れた。君も疲れたろう」
「いえ、僕は……」
「礼を言うよ。あくまでも、私個人としてね。小切手は追って届けさせる」
こう言われてしまったなら。
僕に付け加える事などほとんど、ありはしない。




