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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、ポーツマス
347/350

長いお別れ

 ――今からでも、決して遅くは。


 そんな言葉を辛うじて飲み込む。

 気休めにしか過ぎない言葉。

 互いに察しつつ交わす気休めほど、残酷なことはない。

 少なくとも、僕はそう思う。


「……いっそ、カネの問題なら良かったのですが」


 無論、目の前の金額ではない。

 諸々、それ以外の話だ。


「カネの問題なら、決着がつかなくもなかったはずです」


 分かってはいる。

 分かってはいるのだ。

 もはや、そこにとどまる問題でないことは。


「――カネの問題だよ」


 ぽつり、老宰相はこぼす。


「徹頭徹尾、カネの問題だったはずだ。他を混ぜるから、おかしなことになった。しかし――」

「カネの問題と、そう明言した時点で、もっと高くつく」

「――然り」


 その口調は、苦い。


「所詮はカネの話だ。払うなり交渉なりで済む――明確に、そう示したとしよう。相手はカネの問題じゃない、とこう来る。至極当たり前のことだ。誰にだって、自尊の心はあるのだから」


 ――むろん、ロシアの民にも。

 心なしか、そう省略された気がした。

 言わずとも伝わる、そんな意志の下に。


「――そして世には、最初からカネなど目にかけない者もいる」


 ――君や彼女のように。

 省略。今度は、気のせいではない。

 真っ直ぐな視線が、それを証している。

 かすかな、けれども確かに生まれる、どこかしらの居心地悪さ。

 落ち着きを失った者は、あわてて塹壕から飛び出すことになる。

 歴戦の者だけが持つ、射すくめる視線。


「人の世の理を頓着しない、ほとんど自然の現象に近い存在。何かがカネの問題でなくなった時、収めに回れるのは得てしてこういう者だ」

「……忠告ですか、それとも」

「好きにとって貰って構わない」


 いったい僕は、何と言えばいいのだろう。

 焦りにも似たものが、心に積もっていく。


「――長くなったな。少し疲れた。君も疲れたろう」

「いえ、僕は……」

「礼を言うよ。あくまでも、私個人としてね。小切手は追って届けさせる」


 こう言われてしまったなら。

 僕に付け加える事などほとんど、ありはしない。

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