救い
一方で、取り返しがつかない事もある。
いやむしろ、そちらの方が圧倒的に多い。
小国に勝てなかった事実は、ほとんど敗戦に等しい。
では今のロシアにとって、問われるべきその責はどこか。
ほかでもない、 皇帝 の責だ。
「――私は恐らく、見ずに済むだろうな」
「いったい何をでしょうか?」
「ロシアの行く末を、だよ」
行く末。
その先がどうなるのか。
老宰相が直接、目にすることはない。
事実としてはそうだ。
けれども。
それは決して、不可視と等しくはない。
その事実がまた、僕を感傷的にさせる。
「……少なくとも、座礁は避けたはずです」
「単に乗り上げていないというだけだよ、衝突と亀裂は否定しようがない」
その認識の正確さが、ほとんどやり切れない。
「――そしてその亀裂は、この度の事故だけが原因ではない。もっとずっと根深い、建造当時からのものだ」
「もっと大規模な修理が必要だ、と?」
「あるいは、ね」
大規模な修理で済まないとしたら。
その亀裂はすなわち、修理不能ではないのか。
これが船ならばいい。
新造することも乗り換えることも出来る。
だが、それがロシアならば?
「――見えてはいるのだよ」
「この度の行く末が、ですか……」
「然り」
「では何故……」
あくまで静かに、老宰相は右手を前に出す。
その先はいい、そんな制し方だ。
手を引いてから、続ける。
「ここで見捨てるのは、性に合わないからね。無論、私は船長ではない。しかしその近くの者ではある。そんな立場の者が、座礁しかけた船から率先して去る――乗員たち乗客たちを見捨ててね。それはさすがに、道理に反するとは思わないかね」
「……理解はします」
「その言葉に、いまは感謝するよ。無理に賛成までする必要はない――理解すれど賛成はしない、そんな者がもっと居れば、なにか変わっていたのかも知れないな」
それが誰の周囲の事とは、あえて聞かなかった。
 




