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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、ポーツマス
343/350

先手

「――ひとつ、仮定の話をしてもいいかね」

「答えられることでしたら」

「では。もし仮にだ、私の自伝に不都合・・・が含まれていたなら、君はどうする」


 想定はできた。

 それへの対策も。

 ゆえに、僕は答える。


「その前提が、まず成立しませんね」

「興味深い。今すぐ理由を尋ねても?」

「ええ。僕がそれを読むことは無いからです……公刊される前には、決して」


 問題は、事前に知ってからどうするか……では断じてない。

 不都合な記述が、果たして存在するかどうか。

 あらかじめそう知り得る状況が、そもそも良くないのだから。

 では、どうするべきか。

 ほかでもない、先に決めてしまえば良い。

 僕が一切知らなければ、事前に惑うことはない。


「李下に冠を正さず、疑われる真似はあらかじめ避ける。それが最上と考えます」

「――君の故郷の ことわざ か」

「郷里では有名な言い回しです。正確に言うなら、古代中国由来のものですが」


 しばしの、石にも似た沈黙。

 やがて、老宰相は口を開く。


「――小切手の宛名、どうするかね」


 その意を察するには、わずかに時間がかかった。

 納得を得たとの、そんな意を。


「ユーリ、ユーリ・アリル-エフ……僕の名前です」

「その名前は、照会に耐える形のものかね」

「恐らくは耐える、そう思います」

「分かった。では、追ってそう書くとしよう」


 差し出されたのは右の手。

 両手で握り返そうとして、思わず顔をしかめる。

 左手は相変わらず少し、ぎこちないままだ。

 この事実に僕は、なかなか慣れないでいる。


「……失礼」


 右の手を差し出し、そのまま手を合わせた。

 老宰相のしわがれた手と、込められた握力。

 握りあったまま、無言で顔を合わせる。

 決して強くはなくとも、その手は温度を感じさせた。

 恐らくは、と僕は思う。

 この力加減さえも、一種の交渉術なのだろう。

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