提示
「――小切手のことであれば、心配は不要だ」
この時代の追跡がどの程度か、まさか試す訳にも行かない。
僕はそのまま、貴重な情報を得ることにする。
「使う名義はロシアではない、私名義だよ。仮に小切手を切るならば」
「ロシア、いや、皇帝らに知られることはない……と」
「然り。もし君が望むなら、その名義でも構わないが」
むろん、最後は冗談だろう。
皇帝に知られるとは、すなわち他者にも知られること。
腹心か、あるいは反逆の徒。
ほかでもない、彼女にも。
「魅力的な申し出ですね」
額だけで言えば受け取るべきだ。
銀行強盗でもしない限り、おいそれと稼げる額ではない。
ゆえに、受け取るべきだろう。だが。
「なんとも魅力的ですが……まずは、そちらのご条件を」
はやる心を制し、僕は尋ねる。
「条件を提示して頂く前に、報酬を受け取る訳には生きません」
「受け取って、約束を破る手もある――君がお望みならば、小切手もろとも」
「そればかりは、出来ません」
「君でも惜しいかね」
「ええ、惜しいです。約束を守るという、そんな世評の方は」
そう。相手が誰であれ、だ。
破れば必然、ついて回ることになる。
信頼に値しないとの、名誉でない名前が。
よほどの大義名分がない限り。
あるいは、相手によほどの汚名がない限り。
あらかじめ違える類の約束は、決して受けてはならない。
それこそ、この度に免れた最低賠償額――20億円すべてを積まれたとしても。
「……ですので、まずはご提示下さい。お受けするかどうか、聞いてから判断します」
そして、先ほど受けた恩義を軽く返す。
「無かったことにする場合は、です。この話は、本当に無かったことにします」
露見して都合が悪いのは互いに同じだ。
それでも、明かすつもりはないとの意志表示。
少なくとも、老宰相の生きている間は。




