淀み
「選挙でも議会でも――極端に言えば皇帝でもいい。定期的な交代と引き継ぎが存在するならば」
定期的な交代。
それが皇帝にあり得ないことと、互いに承知している。
アレクサンドル3世の病没から既に11年。
現在の皇帝は、いまだその地位にある。
「逆に言えば、だ。交代がないのであれば、皇帝の統治と変わらぬだろうな。水の性質を変えることは出来ない。飲むに値する水を欲するならば、水を交換するほかない。流れぬ水は必然、いずれ淀むのだから」
「冬に凍てついたネヴァ川のように、ですか」
「あれも、氷の底で流れてはいるがね――とはいえ、春夏の流れとは比較にならぬだろうな」
「その氷を砕くおつもり、ですか……冬のネヴァ川を」
「――溺死する者が少なくなるように、ではあるがね」
砕氷。
それが成功するなら、望ましいことではある。
ロシアにとっては望ましいこと、そのはずだ。
だが、そのロシアとは何なのだろう。
王侯貴族たちにとってのロシア。
そんな幻想でしか、もはやあり得ないのではないか。
「君は主義者だろう。何であれ、交代についても考えておくといい」
「……それも、ご自身で調べた結果ですか」
「いや、ジョゼファ氏の推薦状に書かれていたよ。さしたる問題ではないという風に、片隅へ小さくね」
つまり百も承知で、雇ってみせたと言うことか。
使えると判断すれば、出自を問わずに使う。
つくづく、老宰相は度量が大きい。
――いや、それにも増して、大きいのは。
「過分なお言葉、とでも言えばいいでしょうか……」
浮かぶ思いを振り払いながら、僕。
それを認めたら、何もかも振り出しになる気がした。
「事実として、君たちが治めないとも限るまい。あるいは、年寄りの繰り言かも知れないが――」
「……痛み入ります」
ごく自然に礼を言えた。
両手をスーツの胸元にやり、そのまま引き裂くような素振りを見せる。
真実のための覚悟。
そんな風な意味の身振りだ。




