責務
「三権分立。これが皇帝陛下はお嫌いだ。君もこの言葉、習っているだろう」
無論、聞き覚えはあった。
だがそれは学び舎の頃。
今となっては、遠い昔の話だ。
「習ってはいますが、交代や責任の分散どうこうの解釈は初耳です」
「私の意見だからね。だが、全く独自な代物でもない」
やはり、分かるようで分からない。
曖昧なまま頷き、先を聞く姿勢になる。
「つまるところ、制度にも旬があるという事だよ。冬が明け春になる、やがて果実がとれる。だからといって、それが冬にも相応しいとは限るまい。乾物にするなり蜜漬けにすることはできる、それでも新鮮さは失われる他無い」
「夏には夏の果実がある、と」
「然り」
いまのロシアの季節はどうか。
少なくとも、春や夏ではあるまい。
厳冬を迎えつつある、短い北国の秋。
「皇帝が、いやどんな名称でも良いが、ともあれ権力を一手にする。確かに手っ取り早い。手っ取り早いが、現代では明らかに危険ということだ」
「たとえどんなに有能であっても……ですか?」
「どんな者でも歳を取る、耳を貸せば踏み外すであろう意見も増える。良くも悪くも、人は変わるものだ。一貫しての有能さなど、期待できるはずもない」
老宰相は目をつむり、告げる。
「――するのであれば、それは妄想の類だろうな」
「……そうかも知れません」
全面の肯定ではない。
彼女の事が頭にあったからだ。
歳を経てなお、冴えを失わない例外。
そんな存在に、彼女なら相応しい気がした。
「――そして、一手にすれば、だ。大失敗の責も、否応なく引き受けざるを得ない」
「……この度の戦争のように」
「そうだ。そして皇帝には、まともな交代制度がない――特に、若く健康な皇帝には」
制度外の交代であれば、ロシアには珍しくもない。
だが老宰相もまさか、それを望んではいまい。




