虚実
「――ありのままに、か」
しばし、老宰相は目をつむる。
それまでの、歩んで来た道を思い出すかのように。
「難しい。今もって難しいことだ。単純なようで、あまりにも多くが絡む」
「……あなたが出来ていないとは、とても思えませんが」
「比較の問題だよ。皆が1か2であるならば、5があれば十二分に足りる――たとえ満点が、100であったとしても」
「100点中の5点、ですか」
ずいぶん控え目な数字だと、僕には思えた。
もっとも、案外そんな風なのかも知れない。
5を見越せる者。そんな者だけが見える景色からは。
「君も、いずれそう思えるようになるはずだ――4から5に届いたならば」
「……過分な言葉、恐れ入ります」
「単に事実だよ。簡潔に事実を述べること。事実をして1つ語ることが、100の術より有効なこともある」
恐らくは、それも事実なのだろう。
虚々実々。虚だけを重ねるようでは意味がない。
ただ虚の裏をとられて終わるだけだ。
虚だけでも実だけでも意味がない。
虚と実を行き来できて、はじめて意味を成す。
「ともあれ、除いてみることだ。見るに際し、余念を除くこと。無論、全部は不可能だが」
余念。
僕の余念とは、果たして何なのだろう。
金、名誉、あるいは競争。
どれも当てはまるようでいて、どれひとつでもない気がした。
あるいは、と僕は思う。
その突き詰められなさこそが、一種の余念なのか。
「彼女 は」
思わず、そう口にする。
「一体、どの位まで見えているのでしょうか……他でもない、5を見えていると言う、あなたの目からは」
沈黙。
駆け引きでは決してない。
本当に考え込む類の、時間の流れ方だ。
「――7」
やっと、そうとだけ返ってきた。
「――あるいは、8」
なんとも曖昧だった。
底知れなさの証明、そう思える類の曖昧さだ。




