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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、ポーツマス
332/350

助言

「酔いを覚ますか、あるいは酔いを足すか。結局のところ、それは君次第だ――その歩み全てを、私が見届けることはないだろうがね」


 老宰相は既に五十半ばだ。

 まだそんな歳では、と数字を聞けば思う。

 どうにも、の世界の知識に引きずられて仕方ない。

 僕を射すくめる眼光。その上の髪には、はっきり白が混じる。

 座りながら伸ばしたはずの背は、もはや真っ直ぐとは言えない。


 麻酔も消毒法も、ほんの数十年前に発明されたばかり。

 必然、まともな手術などまだ手探りだった。

 心臓はおろか、胃潰瘍でさえ切らずに治すしかない。

 誰であれ、人を切ってはならない。

 なぜなら、どう戻せばいいか分からないのだから。

 そしてこの知識は、知ってさえいれば、言えば分かる類のものではない。


 56年は確かに、まだ長生きとまでは言えない。

 それでも。

 今このとき、相応の歳とは言えた。


「ともあれ、敢えて付け加えるとすれば、だ。ひとつ、覚えておくといい」

「……想像力を、とでも?」

「そう言ってしまうと、少しズレるだろうな」


 一息を置いて、老宰相。


「――見ること。希望も願望も憶測もなく、ただ在るがままに物事を見ることだ――それが存外難しいと知ったのは15年前。やっと、四十を越えてからだがね」


 そう早いとは言えないとの、それは仄めかし。

 確かに、その通りだ。

 歳を取るのは、僕が思っているよりも早い。

 身体が丈夫というだけでは、長く生きることはできない。

 1905年。

 この時代に、長く生きるということ。

 70年80年を生きる者は、よほど運にも恵まれている。


「覚えておきます」


 ごく素直に、僕は頷いていた。

 むろん、相手が僕の行く先を知ることはない。

 それでもなお、頷くのが自然な気がして。


「ありのままに、何もかも見ることを……それが可能である限りは」

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