信頼
「お考えについて、分かりました」
予言、あるいは予言めいた事どもに頼る国。
そんな状況で、やるべき事とは何か。
他でもない、追い込まれた状況の解決だ。
急場をしのいだとして、また陥るようでは話にならない。
予言頼みはだから、問題の棚上げでしかない。
たとえそれが、どんなに正しい未来視だとしても。
「今はもう、古代ギリシャを気取る時代じゃない。託宣に頼るのは、確かに危うい橋でしょう」
その場しのぎの繰り返しは、やがて信用を壊していく。
蓄積するヒビ割れは、やがて堤防を砕くに至る。
決壊。こうなると、もはや取り返しはつかない。
ゆえに、予言頼みは危うすぎる橋という事になる。
ゆめゆめ渡らない、渡らないに越した事はない橋。
そう考えたとして、納得はできる。
「……では、彼女については、どうです」
納得はできる、けれども全面的にではない。
一介の市民である彼女を頼り、病弱な世継ぎの世話を任せる。
表立ってでこそないが、国外の旅に子供を同行させもした。
それは確かに、信頼には違いない。
けれどもそれは、本来は向けていけないはずのものだ。
信頼という名の、堤防の亀裂。
「率直に言って、あなたが良い顔をするとは思えませんが」
度を越した、皇帝の重用。
先行きが危ういのではないか、そう思う者も出てくる。
憶測ですらない、ただの事実だ。
そこに目をつむることは、今の僕にはまだ出来ない。
ひとたび目を開けてから、それを無かったとする事は。
「――むろん、進言はしたよ」
重い腰をあげるように、老宰相。
「事実を述べよう。進言はした、というだけだ。特に皇后は、聞く耳をお持ちではない。国民にとってどうかはさておき、皇后にとって子供の救い主であることは確かだ。重用もある意味、仕方がないこととは言える」
「問題はない、と?」
「仕方がないことと問題がないこととは別だよ。現状、私は疎まれている、というのが偽らざる所だ。証拠に、今もって私と皇后とに面識はない」
「……まさか」
考えにくい告白に、思わず本音がもれる。
「事実は事実だよ。そして皇帝もまた、ジョゼファ氏を外す気は微塵もない」




