予見
「あくまでも、客観的に見ての話です」
そう前置きし、続ける。
「前もって知っているかのように、動ける者がいるとします。手口がある訳ではない、どうやら本物。その者を雇う。けれども、その力を当てにする訳ではない。あくまで通訳、あくまでも現実的な能力を借りるに留める……いったい、なぜでしょうか」
「ふむ。あくまでも客観的に見て、か」
思案するその顔は、果たしてどれだけ本当なのだろう。
いつもいつも、この老宰相は穏やかだった。
もちろん、感情の起伏はある。
その中に慌てるような気配がないだけで。
条約交渉にあたったこの一ヶ月、ただの一度も。
「では、仮定の話をしよう――先々を見通せる者がいる、信用にもまず値する。その者はしかし、もっと現実的な能力を持っている」
予見と通訳。
どちらが現実的かと問われれば、明らか過ぎるほどだ。
「そしてその能力は、今回の交渉に際し必要だった――それだけだよ。片方は必要ない。正確には、必要になる事態を想定しなくて良い」
予言者を頼るような事態。
信じさせるは不安か、それとも迷心か。
いずれにせよ、決して良くはあるまい。
取り返しのつかないであろう事態。
「仮に未来を見通せたとする。それはそれでいい。だが――『オイディプス王』からこちら、予言が抱えている問題だよ。わが子が父たる王を殺すとの予言。それが正しいか否か、変えられるか否か。同様に見通せる者でなければ、真偽を知る術はない」
静かに息を吐き、老宰相は付け加える。
「――もっとも今は、もはや古代ギリシャの時代ではないがね。何かしら悲劇が見えても、およそ誰も信じない。だからと言って、装具で目を突く必要はあるまい」
「……そこまで悲観的ではないつもりです」
少なくとも、今はまだ。
僕が自ら、目をつぶす事はない。
けれども目をつむる位のことは、この先、いくらでもあり得る。
「ともあれ保証がない以上、それは賭けだ。不用意な賭けを好まぬ私が、不安定な力を当てにする事はない――君が納得するか否かはさておき、こんな所だ」




