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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、ポーツマス
326/350

老宰相

 ひと仕事を終え、ホテル内の私室につきそう。

 通訳補助の仕事で済ますには、いささか重荷だった。

 ともに腰掛け、テーブル越しに向き合う。

 いつも通り、そのまま話に入った。


「――ズバトフ主義については?」


 そう老宰相は切り出す。

 条約を締結し終えて、さすがに疲労の色がにじむ。

 それでも、そこに安堵の色は見当たらない。


「名前だけは聞いています」

「官製の労働運動、とだけ把握してくれればいい。ズバトフとはその提唱者、一警吏の名前だよ。もっとも、この個人の名前にさしたる意味はないがね」

「統制目的というのであれば……」


 無論、意図は解せる。

 けれども、上手くいくとは思えない。

 こちらの意を察し、老宰相は頷く。


「なるほど、豪雨も雪解けも、水には違いあるまい。確かに、雪解け水の方が安全に見えよう。しかし――」

「……いずれは川に流れ、濁流を生む」

「ふむ、濁流かね。奔流ではなく」

「言葉の綾です。知っての通り、僕の郷里には大河がありませんからね」


 老宰相は僕の出自・・を知っている。

 知っていてなお、存在を認めている。

 事実として、ただそこにあること。

 ありのままを、ただ見据えること。

 それは決して、常人の成し得る領域ではない。


「利根、信濃、石狩。あるいは木曽、長良……どれも川です、大河という程じゃない。幅はせいぜい、あって2露里ヴィエルスタという所です。それに」


 1露里ヴィエルスタはほとんど、1キロに等しい。

 この単位を言うとき、いつもどこか安心する。

 感覚を間違える事はおよそ無いのだから。


「濁流も奔流も、脅威には違いありません……あくまで、あなた方にとっては、ですが」


 老人の名はウィッテ伯。

 セルゲイ・ユリエヴィッチ・ウィッテ。

 2ヶ月の後(・・・・・)、ロシア帝国初代首相となる者。


「ズバトフも余計なことをした、とまでは言えまい。何にせよ、言い出す者はいたはずだ。名前など所詮は象徴の問題だよ――もっともそのせいで、後々に名を残すだろうが」


 時折、思う。

 この老宰相に果たして、どこまで見えているのだろう。

 あるいは知っているはずの僕より、よほど見えているのではないか。

 老人が亡くなるまで、あと10年もない。

 世界大戦の行方はもちろん、革命・・を目撃せずに済むはずだった。

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