漂着
相も変わらず、木の舟は揺れていた。
海の波間、一方向に揺られ運ばれている。
そして島に近づくにつれ、その揺れが徐々に変わっていく。
たびたび岩にぶつかり、そのたびに軽く跳ねた。
海の揺れではない、地響きとでも言うべき感覚。
ぶつかるのは岩、ついで石。
何度かよろめき、コツをつかんだ。
真っ直ぐ立っている必要はない。
心持ち膝を曲げ、衝撃に備えればいい。
やがて浅瀬に入った。
小石が、舟の底を傷つけていく。
やっと舟は、砂地を抉った。
沖へと連れ戻そうとする波は、舟をかすかに揺らすにとどまる。
岸辺への漂着。
――こうして、救命ボートは流れ着いた。
振り向かず、最初の一歩を踏み出す。
すぐ後ろからは、ほかならぬ熊が来るだろう。
かつての銃、いまの鉄塊をたずさえて。
砂浜を踏みしめ、辺りを見やる。
僕たちのほかに、流れ着いた舟影は見当たらない。
おそらくは一番乗りだろう。
ならば、話は早い。
今この場で、独断を止める者はいない。
人知れず、僕は祈りを捧げた。
誰に? 少なくとも、皇帝よりは偉い誰かに。
通じる必要はない。ただ心の中、祈れば足りた。
祈りたければ祈るがいい、手が塞がらないならば。
いやあれは、祈るなとの意味だっただろうか?
確かめようにも、まだあの本は生まれてなどいない。
ならば、と僕は思う。
僕は僕で、好きなように解釈するだけだ。
ひそかに祈り、かすかに満ち足りた。
今この場では、それが全てだ。
「おい、皇帝」
背後からの呼びかけが、僕を引き戻した。
距離的に、僕にしか聞こえなかったはずだ。
「ユーリ」
一言だけ告げ、付け加える。
「僕の名前ならユーリだ、ユーリ・アリル-エフ。名乗らなかったかな」
「いや、違わねえさ」
「――二度までは聞き流せる」
口に出したその調子は、決して拒絶ではない。
その事に、不思議と驚きはなかった。




