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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、日本海
323/350

まぎれもない、感情

 3時間。

 結局のところ、それだけの時間だった。

 それが短いなどとは間違っても言わせない。


 漂流の末、沖合に見えた島。

 かすかな白の島影は、近づくにつれ緑と茶に色づいていく。

 その時の感情を、言い尽くせるとは思えない。


 あらためて、僕は気づく。

 過去と今とは全く違うのだと。


 ――あと、たった一月だけ無事でいてくれれば。


 戦地で夭逝した探偵作家、その存在を知ったときのことを思い出す。

 敗戦までのたった一月。それはあくまで、後世からの逆算でしかない。

 渦中にある者には、それがあと一月だと知る術などないのだから。


 一月。いや、ただの1日だけでいい。

 僕ら艦隊の乗組員にとっては、等しくそうだった。

 もはや数字などでは言うまい。

 ひとりひとり、各々にとって。

 そして、ひとりひとりの身内友人にとって、「あと1日」があったのだ。

 数字などで、言い表せるとは思えない。


 ――犬死にだ。

 そう思い、打ち消す。

 決して、犬死なんかであるものか。

 なぜなら、と僕は思う。

 馬車に轢かれ死んだ犬は、ともあれ跡形を残すのだから。

 ひるがえって、この戦争はどうだ?

 海に消えた者たちで、流れ着くのは果たして何人か。

 ある者は海の底に沈み、ある者は波間を漂い続ける。


 むろん、貴族たちは言うだろう。

 彼らは立派に戦った、偉大な存在だとでも。

 ならば、と僕は思う。

 ならばなぜ、生きているとき大切にしてやらなかった?

 

 いい先住民は死んだ先住民だけだ、そんな皮肉を思い出す。

 僕らも変わらない、今そう気づいてしまった。

 いい兵士もまた、死んだ兵士だけなのだと。


 そう思う内にも、島影は近づいていく。

 かすかな土の匂いが、否応なく陸地を意識させる。

 狭いボートにも安堵の空気が漂う。

 ひとまずの安堵。


 けれども。


「……ちくしょう」


 かつて抱いたことのない、それは感情だった。

 よく知りはしない、けれどもまぎれもない感情。


 ――敢えて言うなら、この時からだろう。

 皇帝ツァーリたちに。

 皇帝ツァーリどもに僕が、憎しめいたものを抱いたのは。

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