誓約
「ありがとう。じゃあこのまま、いいかな?」
「……ああ、俺は構わねえが」
「じゃあ、その言葉に甘えるよ」
近寄り、わずかに背を伸ばした。
相手がかがみ、右の頬と耳たぶが視界を埋める。
そうして、僕はささやいた。
目の前の熊に。
目の前の鉄塊――ずぶ濡れた銃が持つ、その意味について。
「――納得、してくれたかな」
身を離しながら、僕。
決して疑問形ではない。
なぜなら、ほとんど確信してのことだから。
「……納得はしねえ」
そう、納得はしないだろう。
納得なんて、しないはずの内容だ。
――けれども。
「納得はしねえ……だが、だ」
「でも意味はある、そう認めてはくれるよね?」
本来、逆上されればそれで終わりだ。
けれども、今の熊は違う。
つい先程、みなの目の前で誓ったのだから。
離れ離れの、恐らくはもう亡いであろう戦友に。
生きている者への、それは束縛。
死者の名を汚すことは出来ない。
あまりにも厳しい、彼岸からの縛り。
歯を食いしばった後だ、熊の答えは来た。
「……ああ」
安堵した、というのが率直なところだった。
むろん顔には出さない。
それでも、心拍は落ち着いていく。
心なしか、息も楽になった気がした。
吸い込む空気に、潮風の残り香を感じる。
「だが、だ。そいつを行える保証はどこにある?」
「と言うと?」
「……無事に上陸して、俺たちがそうやれる保証が、だ」
なるほど、と僕は思う。
確信ならある。
けれども、根拠ある保証を示せとなると難しい。
ならば、だ。
「それなら、問題ないね」
「……」
「できないなら、その時はその時だから」
本国からの救助は期待できない。
飛行機もレーダーも、ましてや人工衛星も、まだ存在などしてはいない。
捜索が間に合うことなど、万に一つもない。
「本国からの助けが間に合うはずもない、これは事実。その状態でなお、相手の領土に流れ着かないならだよ、その時は――」
「……むしろ何も心配はいらねえ、か」
その通りだ。
もはや心配する必要はない。
海の上、死後のことで迷っても仕方ないのだから。




