一握
「……分かった」
野太い、絞り出すような声。
酒か潮風か、それとも両方。
ごく自然な声色、3時間で枯れるはずもない響き。
これはだから、聞いている僕の問題だ。
そう察せないほど、気が急いていたのだろう。
右の手のひらにしわを寄せ、静かに確かめる。
海のそれとは違う、かすかな塩水の感触。
「――と言うと?」
何もかも承知の上で、尋ねる。
念を押すつもりで、尋ねた。
「……認める、と言っている。お前のその、度胸に免じて」
「ありがとう。でも何がどうか、具体的に頼めるかな」
ふたり、ともに大きく天を仰いだ。
熊は仕草で、僕は心のなかで。
改めて、相手の色を確かめる。
怒りも憎しみも、そこに見当たらない。
もはや意識して見るまでもないのだろう。
「君の考えていることを、言葉で確かめさせて欲しい」
「……いいさ。だがな」
もう一度、絞り出す声。
「ひとつ、聞かせてくれ」
「何なりと、と言えなくても良いなら」
「構わねえ」
僕はうなずき、先を促す。
「お前、怖くねえのか」
「――」
「こう言ってよければだ、道理がねえ」
「と言うと?」
「……お前が俺に、腕力では叶う道理が、だ」
投了と言ってよかった。
腕力では。
すなわち、それ以外で敗れたとの。
もう一度、右の手のひらを握る。
薄く引いた塩水が、徐々に徐々に引いていく感覚。
もはや、本筋の決着はついたのだ。
「――怖くない、と言うと嘘になるね。ただ」
恐れはあった。手に汗を握る程度には。
けれども。
「ただ、どうせ死ぬとしても――ただでは死なないと思ってたから」
思い浮かべるは、むろん一人。
仮に僕が死んだとして。
彼女ならば、何かしら仇をとってくれる事だろう。
もっとも、どんな形でかまでは分からないけれど。
「最初から捨て身って訳か……」
「当たらずとも遠からじ、かな」
信頼でも盲信でもいい。
一種の無感覚という事ならば、そう外れてはいまい。




