意味
「こんな物に、今さら意味があるってのか!?」
物事に意味などない。それは確かだ。
サイコロの出目にも新聞の三面記事にも。
何であれ、意味を見出すことはできる。
出来ると言うだけだ、実際にある訳ではない。
生き延びた僕も、生き延びた彼も。
そして目の前の鉄塊も。
本当にたまたま、救命ボート上にあると言うだけだ。
少なくとも、僕はそう思う。
「――あるよ」
けれども。
相手にとっては意味がある。
そんな事もまたあり得る。
矛盾などない。
意味など、後から付け足せるのだから。
「意味はあるよ――こんな約立たずにもね」
不意は突いた。
ならばその次の一手は。
僕より話せるとは思えない。
平時ならこちらが有利のはず。
いまは少しだけ、相手が落ち着けばいい。
「無論、そのことは説明できる。曖昧にじゃなく、具体的にね」
決して意味などない。
けれど、使い道はある。
「――だから、こいつを投げるのは待ってもらえないかな」
ようやく、真正面から相手の姿を見る。
大柄な髭面だった。
視線を合わせれば必然、僕が見上げる形になる。
顔ひとつ。顔ひとつ分、僕より大きい。
熊との単語が思い浮かぶ。
そこそこが油で汚れ、右袖にはかすかに、赤黒い染み跡があった。
湿りつつも乾きかけた水兵服は、あの海戦から経た時間を示している。
長身だった。長身揃いの兵のなかでも、さらに高い。
適任。そう僕は判断する。
「意味なら、あるから」
ともあれ、いま海に捨てられるわけには行かない。
放り投げてもらうのは、また別の時にだ。
「あいつの、……だからか」
「?」
「あいつの、遺した物だからか!」
瞬間、察しはついた。
だが知らないものは知らない。
ゆえに、僕は答える。
「違う」
ゆえに。
まずは聞いてみるとしよう。
聞くこと。
正面から耳を傾けること。
ただそれだけが、解になることもある。
「よく知らないんだ、だから」
ならば、言うべきはひとつ。
「君の話を、聞かせて欲しい」




