漂流
無論、約立たずに決まっていた。
引き金はベトつき火薬は湿気る。
薬莢など敢えて触るまでもない。
鉄、木、そして塩水。
それらをひとつに混ぜたなら。
目の前の鉄塊はただ、当然の帰結でしかない。
もし不思議があるとすれば、この鉄の残骸が、ちっぽけな木製の救命ボートに乗せられたことだろう。
何故と言えば、乗せた者がいたからに他ならない。
結果的に己の代わり、湿る銃を乗せてしまった者が。
沈没と脱出との間、混乱の産物。
水濡れた銃一挺がそこにあった。
約立たずに決まってはいた。
少なくとも、武器としては。
1万人いた内の800人、そう僕は記憶している。
犠牲者ではない、生き残りの方だ。
艦隊に全員が乗れる救命ボートなどなかった。
負けを想定していなかったから、などと言えば誇張になる。
ごく普通の船でさえ、その装備が備わるのはまだ先のことだ。
世紀の豪華客船が氷山にぶつかるまで、あと7年あるはずだった。
1905年、5月27日。
ともあれ兵の命は軽かった。無論、この僕も含めて。
日本海海戦。
敗残の様相はつまり、そんなところだ。
その銃は、船の中央に乗せられていた。
それを囲むように、僕を入れて7人が座っている。
静まり返り、口を閉じたまま。
ほんの3時間前まで、用を成すはずだった物を。
――何の役に立つ。
――捨てたほうが。
おそらくは、誰もがそう感じていただろう。
こんな物が今あってもと、そう感じていた。
ただ一人、僕を除いては。
「――こんなもの!」
立ち上がった一人を、僕は止める。
次の行動は決まっていた。
体格でも身のこなしでも敵わない。
ならば先んじるしかない。
発せられた瞬間に察し、自由の利く腕でさえぎる。
「邪魔する気か!」
「――それ以外の解釈はないね」
真正面からの肯定。
不意を突き、わずかに猶予が生まれる。
ここから。
あくまでも、本番はここからだ。
何を言うつもりなののかと、誰しもが思う。
救命ボートに乗り合わせた残り5人。
誰もが思い僕らを見ている、ここからが。
「この鉄クズに、今さら意味があるってのか!?」
「うん」




