手のひら
魔女は去り赤子も去り。
程なく、部屋の扉も閉まり。
遅れて一人、室内に取り残されたと気づく。
彼女の気配も赤子の寝息ももはや無い。
卓上に散らばるトランプに、かろうじての名残があるだけだ。
座ったまま、僕は両手を見る。
小刻みに震える手のひらには、薄く汗が見て取れた。
傾ける毎にきらめくその輝きは、砂金を散りばめた様だ。
砂金どころではない、僕はほとんど、何も得ていないと言うのに。
あるのはただ、やっと凌いだとの事実だけ。
先に仕掛けたのは、僕の方だというのに。
――それを失望と言っていいのか、よく分からない。
けれども、こう考えることは出来た。
まぎれもなく、彼女は手に入れ損なったのだと。
何を? 片腕を。
魔女の片腕に、値するはずの者を。
そう考えたとして、外れてはいないはずだった。
今の僕は果たして、見合っているのだろうか。
彼女のかたわらに立つ者に。
浮かんだその考えを、僕は打ち消す。
少なくともそれは、僕の決めることではない。
彼女の内心は、あくまで彼女のものだ。
では、僕は。僕のこの身は。
いま果たして、本当に僕のものなのだろうか。
答えの出るはずの無い疑問が、この先待ち受けている気がした。
僕の乗る太平洋艦隊の行き先――やがて戦場となるはずの、初夏の日本海に。
(上海編・了)
(ツシマ編に続く)




