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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、上海
305/350

正気

 まぎれもなく、皇帝(ツァーリ)夫妻は正気だ。

 あるいは、まだ正気なのだ。


 目前の戦争を放棄しての旅行をしない。

 その程度には正気なのだろう。

 あるいは。

 生まれたばかりの我が子を、見ず知らずだったはずの魔女に任せる。

 その程度には正気を失いかけている。


 ――浮かぶのは、奇妙な感情だ。 

 褒められたことでもない、けれども責められることでもない。

 まったく同時に、そう思えた。


 四人目にしての、ようやくの跡取り息子。

 その子が持って生まれた奇病。

 皇帝と王妃の悲嘆は、いかばかりだったか。

 そう、夫妻は仲睦まじかった。

 側室や養子との選択肢が浮かばないほどには。


 無論、責めることはひどく簡単だろう。

 それでも、そうする事はためらわれた。

 愚鈍ではない。けれども、傑物ではない。

 それは確かに、つまらない事かも知れない。

 つまらない事かも知れない、けれども。


 いずれにせよ、と僕は思い直す。

 目の前のこの赤子が、数々の鍵を握っているのだと。


 皇帝一家の運命然り、目の前の遊戯然り(・・・・・・・・)


「――ちょっといいかな?」

「ええ。要件が何かにもよるけれど」

「その揺りかご、少しだけ見ていいかな?」


 確信があった。

 あの時。彼女が手札を伏せた時だ。

 手札をいったん、揺りかご入れた時。

 室内である以上、間違っても風は吹かない。

 鏡や類する仕掛けもだ。

 ならば、わざわざそこに伏せたのなぜか?


「ダメ――と言ったら、どうするの」


 その返答は、想定済みではあった。


「力づくで、は避けたい」

「私のほうが強くても?」

「――だろうね。でも」


 努めて静かに、僕は言う。


「うっかり怪我をするかも知れない。僕としても、それは避けたい」


 血友病。

 血液が凝固し辛いこの病気は、何気ない怪我が重症になる。

 すり傷は何週間と痛み、打ち身は何ヶ月と治らない。

 いま分厚い毛布を敷いているのも、怪我を予防するためだ。


 この病に対処できるのは、本来ずっと後のこと。

 血液型が発見されてからの、もっと後々のはずだったのだ。


 あくまでも。

 あくまでも、僕は何も言わなかったならば。

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