質疑
皇帝一家の赤子。
その長子を、ただ一人であやす者。
――そこには、ふたつの可能性がある。
ひとつ。
単純に、彼女が皇帝一家の旅行に帯同している可能性。
これはまだいい。
「戦時下に一家で旅行か」との誹りは免れないものの、まだ説明がつく。
乳母代わりに重用されていると言う、それだけの話かも知れない。
けれども。
もうひとつの方であれば、ひどく厄介な話になる。
「答えたくないなら、いま言う必要はないのだけど」
装いながら、僕は探る。
「一家総出の旅行だなんて、ずいぶん余裕だね」
この近くに、皇帝はいるのか。
あたかも、その探りが不必要であるかのように。
誹謗ではない。嘲笑でもない。
そうであって欲しいとの、それは願望。
「――まさか」
返ってきたのは一語。
あまりにあっさり、打ち砕く言葉。
「あなたも分かっているでしょう――この時期に能天気になれるほど、あの皇帝は愚鈍じゃない。血の日曜日から半年も経っていないんだから。今もまだ、ペテルブルクで大わらわでしょうね」
決して愚かではない。
その評し方が、今は少し呪わしい。
「愚鈍でもない、けれども――」
「……傑出してもいない」
「ええ」
「ひどい言い草だ」
「事実よ。ただの事実」
あくまで淡々と、その魔女は続ける。
「強行に出るでもなければ、貴族たちの既得権に切り込むでもない。それなりに理想はあり、けれども思い切り手をのばすでもない。頭はよくとも、言ってしまえばそれだけの――つまらない人間」
そうだ。
あの皇帝は、決して愚かではないのだろう。
本当のところ、それは分かっている。
――ならば。
ならばなぜ、赤子を任せているのか。
目の前の魔女に、ただ一人きりで。
決まっている。
彼女こそが、この子の運命を握っているからだ。
呪われた王家の病。
まだ不治であるはずの、血の病を得ているこの子の。




