租借
やや喧騒が静まった盛り場に戻り、カウンター越し、主に要件を言う。
「失礼、野暮用でトランプが必要なのですが」
「了解。でも、どの札?」
返ってきた台詞に、僕は一瞬答えに窮する。
52枚とジョーカー1,2枚に慣れた身には、その質問自体が不意にも思えた。
もちろん艦隊内で遊んだのは、36枚のそれだったのだけど。
「ええっと、一通り、取り揃えているんでしょうか?」
つまり、国によっての、何種類か揃えているのかということだ。
この地の交流を考えると、あっても不思議ではない。
「不是。今あるのは英国式カード。英国人、よく置いてくからね」
何とはなしに、あまり触れないほういい気がした。
日清戦争の敗北からこの方、当地にいい話は聞こえて来ない。
盛り場とは言え、景気のいい話ばかりでもないだろう。
――もっとも、悪い景気の話ではこちら、ロシアも負けてはいないのだけど。
諸々を素知らぬ振りで、僕は訊ねる。
「では、それでお願いします。一度確認しても?」
「了解」
カードを受け取る。50枚以上はありそうな、印刷紙の束。
その束を左の手のひらに乗せ、右手で幾度かシャッフルしてみる。
見る限り、目立つ傷はない。
細かなそれにしても、特にパターンは見当たらない。
数戦やる程度なら十分、と言ったところだろうか。
「カウンター、少しお借りします」
目線で許可を得たことを確認し、4列に並べ枚数を調べる。
50と少々。僕にとって、慣れた数がそこにあった。
……慣れた数?
覚えた違和感に、僕は訊ねる。
「このカードなんですが、本当に英国式ですか?」
その内、1枚のカードを見せながら。
「ああ、それは――」
話を聞いた僕は、心の中で頷く。
場合によっては、使えるかも知れない。
「それで、大丈夫?」
「はい――謝謝。では少しの間、お借りします」




