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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1905年、上海
277/350

上陸

人正(レンチェン)……いや、待っている、とだけ言えば伝わると。場所は二階の奥に」


「――分かった。ありがとう」


 手洗い横の古ぼけた階段を、僕は上がることにする。


   ・


 港への出迎え(・・・)そのものは予想していた。

 何しろインドシナ以来、久方ぶりの上陸なのだ。


 上陸しない選択肢、つまり補給なき航海などあり得ない。

 そんなことをすれば、不満で航海そのものが不可能になるだろう。

 不遇を黙って看過するほど、ロシアの船員はお利口ではない。

 食事に腐ったボルシチでも出されれば、たちどころに反乱が起きるはずだ。


 この艦隊にもはや、余裕などない。そんなものは、とうの昔になくしていた。

 航海ルートならまだしも、寄港地の予想そのものは――ロシアの上層でなくとも――そう難しくないはずだった。


 この状況で僕が上陸したなら、十分に出迎え(・・・)はあり得る。

 そう思ってはいた。

 ――けれども、こう言う形は予想していなかった。


 上陸当初こそ静かなものだった。

 夕刻の港町、あらくれた船員たちの飲み場。

 誰ともなく始まった会合には、特に言うことはない。


 ある者は酔いつぶれ、ある者は次へと向かいだした頃、その再会(・・)は待っていた。

 僕にそっと近づき、酒場の主人は言う。


人正(レンチェン)……いや、待っている、とだけ言えば伝わると。二階の奥だ」


「分かった。ありがとう」


 促され教わった個室に、その姿はあった。

 古ぼけたドアノブを、自由の利く右手で回す。

 かすかな軋み音が、ドアから響く。


 ――虚勢を張ってみたところで、内心の動揺は隠しがたい。

 また、動揺を隠せる相手でもない。

 それでも張るのは、何かしらの意地だった。

 その意地が、相手にとっては無意味なものだとしても。


「久しぶり、無事みたいね」


 無事どころじゃない。

 片腕は相変わらず自由にならず、頬の裏や向う脛はしばし痛む。

 主に栄養不足から来る、満身の創痍。

 繰り返すが、それを見逃す相手ではない。

 そこまでなお承知の上で、僕は答える。


「――こちらこそ、ジョゼファ」

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