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魔王少女スターリナ  作者: 祭谷一斗
1904年、北海、ドッガーバンク
276/350

彼ら

 彼ら(・・)


 僕がそう呼ぶのには理由がある。

 ことさら彼我を区別したい訳ではない。

 単に彼ら一人一人の名前を、僕は知らないからだ。


 名前は無論、背景もよく分からない。

 分かるのは地元の漁師たち数十人だったと言う、ただそれだけ。

 知る機会をそのまま、僕は逸してしまった。

 いま何か調べれば、痛くもない腹を探られかねないのだから。

 だから僕は、彼らを彼ら(・・)と呼ぶほかない。


 ――残せる範囲で、この先のことを記そう。


 僕らに死人は出なかった。

 一見当たり前の話に聞こえるかも知れないが、重傷者は出ていた。

 漁師たちからの攻撃ではない、夜闇での砲撃による同士討ちで。

 何ひとつ命令が出ぬ内に、砲弾は500発放たれていた。

 内1発は司祭室に飛び込み、司祭の手足を片方だけ持ち去った。

 混乱が去ったのはようやく、夜が開けてからのことだ。

 物笑いとの言い回しが、否応なく思い浮かぶ。


 仔細が判明したのはほぼ一週間後、寄港地ビーゴ湾でのことだ。

 マドリードから持ち寄られていた新聞に、英国の様相が記されていた。

 すなわち、北海にて漁船団が衝突し沈められ、世論は怒りに湧いていると。

 同時に、首謀者たる艦隊を糾弾する措置を行うであろう旨も。


 いかに戦争相手(日本)の同盟国とは言え、真正面からは得策ではない。

 同時に英国も、これから疲弊するであろうロシアと今やる必要は……と考えたようだ。

 英国のその推測は、嫌になるほど正しい。


 ともあれ妥協が決まれば、後は本国(ロシア)、外交官の方の仕事になる。

 謝罪と補償は終わり、くたびれた船は行く。

 ――あたかも、何事もなかったかのごとく。


 何十人と民間人の死者が出たにも関わらず。

 何事もなかったかのように、航海は続いた。

 それでも。

 後悔は人をさいなむ。

 ことにそれが、取り返しのつかない事ならば。


 彼ら(・・)は。

 あるいは僕が見張りに立っていれば、彼らは生きていたのだろうか。

 今頃は孫子(まごこ)をあやし、昔日に思いを馳せてたのだろうか。


 彼ら。

 彼ら一人一人の名前を、今もって、僕は知らない。

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