緩衝
「――いったん、お開きにしましょう」
そう僕は提案する。
「この後、提督がどう動くかは僕の知るところじゃありません。ただ、緊急時に下士官と会合していたとなると微妙だ。こうなった今は、いちばん繊細な時期でしょう」
繊細な時期。その部分に軽く息を込めた。
ひとたび風船は破裂したとは言え、空気が抜けきったとは限らない。
むしろ細部が弱り、次なる破裂が控えていることもあり得る。
「詮索のタネを、ひとつ余計に増やす事はないはずです」
“李下に冠を正さず”――そう言いかけて、僕は押し黙る。
ロシアの諺では、こう言う時どう言えばよかったのだろう。
10年。
それだけ言葉を使ってきて、いまだ慣れるという事がない。
「――では、そうさせて貰うとしよう」
深く息を吹き、提督。
「続きは後でだ。ともあれ、こんな所で航海は終わらない――そうだろう?」
強い、と僕は思った。
提督という地位に登りながらなおも、率直さを失っていない。
無論、保身や我が身可愛さは誰にでもある。
問題はだから、それがどれだけの割合なのか、だ。
提督のそれは必要最小限、ひどく健全なように見える。
顕示するでもなければ、無理に押し隠すでもない。
当たり前のようで、それは強さ。素直な強さだ。
同時に。
違う、とも僕は思う。
僕と提督とは、向かう道が違うのだと。
その素直さは、僕の通るべき道ではないのだとも。




