狼煙
急ぎ室外に出て、状況を確認する。
左舷甲板から、その様子は伺えた。
――それは確かに、交戦ではあった。
あまりにも一方的な砲撃を、交戦と呼ぶならば。
着弾した痕跡らしき、わずかな波影。
敵影はもはや見えない。
あるいは、もう沈めたとでも言うのだろうか。
あまりに呆気ない、呆気な過ぎる交戦。
砲弾の余波で、辺りには火薬の匂いが漂っている。
発射時の振動のせいか、わずかに石炭の匂いも混じっている。
「――どうして」
いや、理由は分かっている。
長引き続ける航海に、足りない物資、はびこる病。
さらに練度の足りない部隊から、疑心暗鬼を拭い去ることはむずかしい。
そんな状況で、何がしか、不審なものを見かけでもしたら?
本当に不審だったのかどうかは、この際問題ではない。
倉庫に火薬は満載されていた。
あとの火花は、ほんの僅かで足りるほどに。
不思議とは言いがたい。
僕が思ったのはただ、なぜ今なのかと言うことだ。
「――両舷か?」
提督のその声に、僕はようやく、違和感に気づく。
そのまま駆け足で、右舷から波間を確認する。
「あっ……」
両舷、の意味がようやく掴めた。
この船は左右同時に、砲弾を撃ったと言う事だ。
そうするべき状況とは、敵艦隊に囲まれた時以外ほぼあり得ない。
ところが、だ。
囲むはずの敵影は、全く見当たらない。
と言って、両側の敵を瞬時に沈めるほどの練度はない。
沈むにも時間がかかることを考えると、ほぼ無いことと見なしていい。
――つまるところ、だ。
「誤射、て訳かな……」
先が思いやられる――もしそう評するなら、ずいぶんと楽観的になる。
少しだけ遅れ来て、提督もまた事態を確認する。
僕が把握した程度のことは、無論提督もまた承知のはずだった。
「――ふむ」
落ち着き払ってはいるものの。
その表情は、少しだけ苦い。




