臆病
少し考える風に手を顎に当て、僕は答える。
「分かった、夕飯どきに説明するよ。それでいい?」
「ええ」
でもこの演技はいらなかったかも知れない。
こんな状態での念押しは、ともするとくどい。
「素直に話してくれるなら、今の私からは特に何も」
「……じゃあ決まりだね」
その言葉を合図に、僕らは席を立った。
何はともあれ、午後からの仕事が控えているからだ。
これで考える時間が――と一瞬思ってはみたものの。
実のところ、僕の意志は固まりかけていた。
僕の背景を、ともあれ素直に話してみようと。
ただしそれは、彼女にだけのことだ。
僕の嘘を彼女が見抜くのなら、彼女の前では本当のことを言いさえすればいい。
信用を獲得するために僕は、何一つ飾る必要はないのだ。
何のことはない、する必要のない回り道を僕はとっていた訳だ。
これを“お人好し”と呼ぶのは、やはり違うはずだ。
その言い回しはたぶん、彼女の優しさに過ぎない。
ならば、何なのか。
「臆病者、なのかな……」
独りつぶやいてみる。
おそらく聞こえたのだろうけど、彼女は反応しなかった。
今は特に何もなのか、それとも本当に聞こえなかったのか。
少なくとも今の僕にとっては、どちらでもいい気がした。